上手く行かない日が続いた。
段々と考え方も後ろ向き。
そんなある日、彼女は出掛けようと誘ってきた。
潮風香る、崖の上。
彼女は笑って言った。
「一緒に、飛び降りませんか。」
柵を跨ぎ、ギリギリに二人手を繋いで立つ。
飛び降りるタイミングで、彼女と手が離れた。
いや、無意識に離した。
彼女の驚く顔と、落ちていく様がスローモーションに動く。
彼女がどうなったかは知らない。
知りたくない。
彼女を、そこまで好いてはなかったのだろうか。
暫くは悪夢が続いた。
やがて、生活も上手くいく様になり、彼女の事も忘れていった。
仕事は上手く行き、結婚し子も産まれ、幸せだった。
娘は、異常な程になついていた。
成長していく内に、離れていくかとも思ったがそうでもなかった。
けど、違和感があった。
自分が教えてないのに、自分の事をよく知った様な事を言う様になった。
例えば、昔にアイドルのおっかけをしてた事や、その時の笑い話。
上手く行かない時期の事。
妻にも話して無い事を、娘は話した。
ある日、娘がある場所に行きたいと言った。
2人でその場所に行く。
季節は違えど、風は吹いていた。
そして、忘れていた記憶を思い出す。
「思い出した?お父さん。」
あの時の、あの笑顔。
娘と繋いでいた手を離そうとした。
何故だか外れない。
足も、勝手に歩みを進める。
意思に反して、柵を跨ぎ崖っぷちに娘と立つ。
「お父さん、今度は手を離さないでね?」