彼方の決意 中 | らきあの自由帳

らきあの自由帳

伺かとSS的な何かとマイナス思考と適当なところ




2人は車に乗り込んで、梅沢の運転で出発する。
かなたは、窓の外の流れ行く景色を見ていた。


「そういえば、今日は学校は?」
「今日は大丈夫です。」
「そうか。…あぁ、言い忘れてた。現場でもう1人と合流する。」
「……もう1人?」


窓の外の流れ行く景色をぼうっと眺めていたかなたは、梅沢の方に振り向く。梅沢は前を見たまま続けた。


「刑事は基本的に2人1組や3人1組だ。1人じゃ動けない。俺にだって相方は居るさ。…まぁ、こないだまで一緒だった奴じゃないけどな。」
「……はぁ。」
「さて、着いたぞ。」


着いた場所は市営の公園。最初の事件があった場所だった。
入り口にある駐車場で、2人は車から降りた。


「ここからは歩きだ。車は入れないからな。」


かなたは頷き、先を歩く梅沢の後ろをついて行く。
普段は緑も多く、大会等も行われているため活気あるのだが、事件があってからは少し落ち着いた感じになっている。

トラックのある競技場の横を通り過ぎ、少し歩くと1人の男性が立っていた。
この人が、梅沢が言っていたもう1人かな、とかなたは思った。


「おい、天乃。ちゃんと来れたな。」
「あ、梅さん。ちゃんと来れますよ、全く…。」


梅沢が言った「天乃」で少し引っかかったが、男性がこちらを向いた時に顔を見て、かなたは驚いた。


「つ、司さん!?」
「かなたさん!?」
「あ?2人共知り合いか?」
「えぇ…。」
「梅さん、彼女を呼ぶなんて聞いてないですよ…。」


そこに居たのは司だった。
司も、誰かを呼ぶ事は梅沢から聞いてはいたが、かなたが来る事は知らなかったので驚いている。


「まぁいい。取り敢えず、現場に行くか。」


梅沢を先頭に、茂みをかき分けていく。かなたと司も後を追う。
少しして、茂みが無くなり大きな木が姿を現す。木の根本には不自然な跡。
司が写真を見つつ、その跡に合わせる様に紐を置く。やがて人の輪郭となり、どうなっていたかがわかってくる。


「最初の被害者はこんな感じで仰向けだった。…何か感じた事はあるか?」


目を閉じ、気を集中して辺りを気にするかなたに説明がてら話し掛ける梅沢。
司はただ見ているだけ。

かなたのこういう姿は見た事は無いが、仕事とプライベートはきっちりとわける性格の司は、今はかなたを「婚約者」ではなく「捜査の協力者」として見ていた。


「……ふぅ。」


息を大きく吐いて、目を開けるかなた。


「人による、れっきとした殺人です。けれど……」
「けれど?何だ?」
「………彼女が言うには、彼が急に豹変し襲ってきた、と。」


かなたの言う彼女。それは被害者の事。
勿論、梅沢も司も被害者が誰か、性別も言ってはいない。
かなたは微かに残る霊力を感じ取り、それと心を使って情報を整理、会話していた。


「逃げ回っていたけど、ここで追い詰められて……。私が思うに、何かが彼に憑依した、そしてそれはとても凶暴だったと考えます。」


梅沢の方に振り返って、真っ直ぐな瞳を向ける。司はかなたの言葉を無言でメモしていた。


「……私がここで解ったのはこのくらいです。」
「充分だ。その彼を探し出せば、真実に近付くからな。」


司はメモをパラパラと捲り、関係者を調べていた。
そして、司はある事に気付いた。


「梅さん…良いですか?」
「何だ天乃。何かわかったか?」


一呼吸置いて、司は言った。


「今調べたんですが、彼は二番目の被害者でした。」


それを聞いて、頭の中でかなたはある1つの仮定が浮かんだ。


「梅沢さん、次に行きましょう。気になる事が出来ました。」
「ん、あぁ…わかった。」


来た道を梅沢を先頭にかなた、司と歩く。かなたは俯きながら考えていた。
駐車場に戻り、再び梅沢が運転していた車に乗ろうとする。


「…おい、天乃。なんでお前がここに居るんだ。車はどうした。」


当然の様に、司が付いてきているのに気付いた梅沢。
かなたも言われて気付いた。ここに来る時は梅沢と2人だったのに。


「僕、車持って無いんですよ。免許はありますけど。」
「……なら、運転しろ。」


梅沢は司に車の鍵を投げる。司は受け取ると、運転席に乗り込む。
梅沢が助手席に乗り込もうとしていたので、かなたは後ろに乗り込んだ。

司の運転は梅沢に比べると大人しかった。
悪く言えば、安全運転過ぎるくらいの慎重さで、普通に運転する人よりも遅い。
そんな遅さに苛々する梅沢。かなたはそれも気にせず、窓の外を見ていた。

そんなこんなで、ようやく目的地に着く。
大通りから脇道に入り、車から降りる。そこから更に路地裏に入る。
行き止まりには、壁にスプレーで落書きがされていたが、かなたは何が書かれているかわからなかった。


「ここで、2人目が亡くなった。……何かわかるか?」


かなたは再度神経を研ぎ澄まし、残留している記憶を探す。
それらを断片的に拾い、頭の中で組み合わせていく。


「…男性は心臓発作。病気や持病もなく至って正常……っ」


急に頭の奥が痛み出し、ふらついたかなた。慌てて、側に居た司がかなたの肩を抱えて身体を支える。


「大丈夫?」
「はい……ありがとうございます。車に戻りましょう。」


かなたは、痛み出した方のこめかみの辺りを押さえながら言う。
梅沢は頷いて、3人は来た道を帰る。

車に乗った所で、かなたは溜め息を吐いた。


「……彼には[何か]が憑いてました。きっとそれが、彼の身体の自由を奪って最初の犠牲者を出したのだと思います。」
「…なら、彼は何故死んだ?しかも、あんな人目に付かない所で。」


かなたの見解を聞き、梅沢は疑問を聞く。司はメモを取って聞き役に徹している。


「私は先程の場所で、強い力を感じました。生半可な強さでは無かった。」
「……人の手ではない、と。」
「多分。わかりませんが、新たな憑代(よりしろ)を見つけ、今の憑代が不必要となったから心停止させた、と思います。」


ミラー越しにかなたの様子を見る梅沢。司がメモを記し終えた所で、梅沢は司を見る。


「そうか。…天乃、神社は知ってるな。」
「え?勿論知ってますよ。」
「なら、かなり疲れてるようだし、送ってやれ。」


司は車のエンジンを掛け、神社へと向かった。

神社の前に着き、かなたは車から降りる。助手席の窓を開け、梅沢がかなたの方に顔を出す。


「また明日、来ると思うが宜しく頼む。」
「はい、わかりました。」
「またね、かなたさん。」


窓が閉められ、司が運転する車はかなたの前から姿を消していった。

かなたは自分の部屋に戻ると、敷き布団だけ敷いてそのまま布団に倒れ込んだ。
かなたは体力よりも精神を使うため、疲労の蓄積が多い。
そして、予想以上に強い力を感じた為、大きく疲労してしまった。

倒れ込んだまま、ぼーっとするかなた。何をする事も無く、ただひたすら何もしない。




「ん……あれ、寝ちゃった。」


気付いたら、かなたは意識を闇に放り投げていた。
かなたが思っていた以上に疲れていた証でもある。

身体を起こして、頭の中で今日起こった事を整理し、ノートに書き写す。
ふと、携帯を見ると1件のメールが届いてるのに気付いた。
携帯を手に取り、メールを開く。


「……何、コレ?」


本文も件名も、差出人すらも書かれていないメール。
まるで、自分が今から誰かに書こうとしてたのか、と勘違いするほどに真っ白だった。

気にはなるが、さほど気にする素振りを見せず、かなたは外を見る。陽が沈みかけて、辺りが赤く染まっている。

カーテンを閉め、かなたは服を脱ぎ始めた。
着ていた服一式を、丁寧に畳んで箪笥に戻し、別の場所から巫女服を取り出して着替える。
着替え終えたかなたは、夕方の境内の掃除をし始めた。

掃除をしつつ、まばらながらも近くを通る参拝者には会釈をし、笑顔を向ける。
夕日が完全に沈もうとし、辺りが暗くなってきた頃、ようやく掃除が終わった。
掃除道具を片付け、かなたは神社の御神木の下に立つ。
御神木を見上げ、かなたはじっと見つめる。

葉がひらりと舞い落ちる。かなたはそれを拾うと難しい顔をした。


占い、という訳でも無いが、かなたはたまにこうして御神木を見上げて舞い落ちた葉を見る。
少し先に何が起こるかまではわからないが、幸か不幸かはこうするとある程度わかっていた。


「何か良くない事が起こりそうね…。」


かなたは再度御神木を見上げると、少ししてから踵を返して部屋に戻った。






「……全く、どうなってるんだか。」


梅沢は頭を掻いていた。
梅沢は被害者の情報を整理していた。
第1と第2の被害者は、同じ大学で付き合いも長くは無い。後の被害者にも言える事だが、全員出身も違う。
殆どと言って良い程、コレといった繋がりが無いのだ。


「やはり無差別なのか?……何かが引っかかってはいるんだがな。」


死因にも関連性は無い。老若男女も関係無い。
ただ、1つだけ共通している事がある。


「共通してるのは、深夜に起きていると言う事か。」


夜。それは人々が寝静まり、闇に染まる時。魔の力が強くなる時でもある。
その時間に何が起きているのか、梅沢は気になっていた。







「ん………。」


不意に目が覚めるかなた。辺りは闇に染まり、真っ暗になっている。
携帯を手にし、時間を確認すると2時を過ぎた頃だった。
欠伸をしながら、寝ぼけ眼でトイレに入り用を足す。暗闇の中をふらふらと歩き、布団に潜る。

ふと、かなたの目が冴える。立ち上がって窓の外を見る。


境内に何か居る。

そう感じ取ったかなたは、着替えて部屋を出た。



かなたは急いで境内に駆け込む。かなたの部屋から見えた所に、何かが漂っている。
間違い無い。かなたの目つきが若干鋭くなる。
神に携わる者には陽の力が宿り、闇に携わる者には陰の力が宿る。
かなたの前に居る漂っているモノ、それには陰の力しか感じ取れない。
漂っているモノも、かなたの存在に気付いたのか、動きが止まる。そして、靄の一部が柄が長く大きな鎌の様な形状になり、鈍い光を見せる。


「お…な……す……す……。」


それは何か呟いていた。かなたには聞き取れず、身構える。

刹那、鈍い光が横一文字に動く。
見た目以上にその振りは早く、素早く下がったかなただったが、長い髪が鎌の先をかすめたのか、髪先が舞った。

神社内に居る時点で、ある程度強めなモノとはわかっていたが、目の前のソレは予想の更に上を行っていた。
かなたは嫌な汗をかいた。

そのモノは、次々と鎌を振り回す。かなたはそれらをギリギリの所で避け、タイミングを見計らっていた。

鎌を振り上げるのを見て、かなたは間合いを一気に詰めた。
柄の長い鎌、リーチが長く威力は大きいが、逆に近すぎると扱いにくい物である。

かなたはそのモノにすれ違いざまに札を貼り付ける。
漂っていたモノは悲鳴の様なものを挙げつつも、段々と姿が消えていった。




かなたはそれを見て、ぺたんと座り込んだ。荒い息を整えようとする。


「……それにしても、一体何だったんだろ。」


何か質の悪い悪霊が彷徨って、神社内に入ったのだろうか?
などと考えて見るが、結局解るはずも無いので、かなたは部屋に戻って再び眠りに就いた。








「かーなた。起きなって。」
「んぅ………あ、私寝てたんだ。」


大学の講堂で講義を受けていたのだが、何時の間にか眠っていたかなた。
隣に座った未來に身体を揺すられ、かなたは目を覚ました。
時計を確認すると、先程講義が終わった時間になっていた。


「うん。疲れてるみたいね、お姉さんがマッサージしてあげよっか?」
「未來ちゃん、顔が怖いよ。あと、その手何…。」


手をわきわきと動かし、ニヤニヤする未來。どことなく危険を察したかなたは断った。


「それにしても、優等生なかなたにしては珍しいよね。まさか、男…」
「違うよ。まだ司さんとは……」


其処まで言った所で、かなたは自分の口を手で覆う。
対する未來は、ニヤリと笑みを浮かべた。


「へぇ…まだ、なんだ。お姉さんがレクチャーしよっか?それはもう手取り足取り。」
「はぅ…遠慮します。」


行為の事を考えたのか、顔を真っ赤にするかなた。それを見て、ニヤニヤしながらかなたをいじる未來。

やがて、講義が再開する時間を迎え、2人は講義に聞き入った。






今日の講義を終え、かなたは1人神社への道を歩く。
そこへ、一台の車が止まった。


「よう。」
「あ、梅沢さん。どうしたんですか?」
「ちょっとな。少し時間あるか?」


かなたは頷くと、梅沢の車に乗り込んだ。
そのまま、梅沢の運転で何処かへと車は走った。
梅沢の運転で着いた先。それは意外な場所だった。


「え、梅沢さん。ここって…」
「いや、言っておくが俺の趣味じゃないぞ。」


そこは、ファンシーショップだった。女性向けの小物や、服、化粧品と色々取り扱ってるお店だった。


「そろそろ娘が誕生日でな…。だが、俺1人で入るには…。」
「なるほど。それで私を…わかりました。」


かなたが先にお店に入り、後ろを追う形で梅沢も入る。


「それで、何をあげるんですか?」
「何でもいい。俺にはわからんからな。」

店内を見て歩き、かなたは梅沢に問う。梅沢の答えを聞いて悩むかなた。
正直、物を指定されればある程度の助言等は出来るのだが、こうも広い選択肢となると決めるのが難しい。


「…娘さんは、どんな感じですか?」
「ほら。」


そう言って、梅沢は娘の写った写真をかなたに渡す。
それを受け取り、梅沢を二度見た。


「……どうした?」
「いや、その……お孫さんですか?」
「おいおい、俺はまだそんな年じゃないぞ。」


疑うのも無理はない。写真には小学校になるかならないかくらいの髪の長い女の子。
そして、梅沢は見た目はかなり老けて見える。親子どころか、爺と孫に間違えるのも仕方ない。


「うーん…なら、化粧品は無しですね。…やっぱり、ぬいぐるみとか髪留めとかが良いのかな。」
「娘はペンギンが好きだったな。」
「なら、ぬいぐるみにしましょうか。」


ぬいぐるみが沢山ある場所で、ペンギンのぬいぐるみを探す。少し丸めで娘には大きめなぬいぐるみを見つけた。

会計時、カウンターにペンギンのワンポイントが付いた髪留めを見つけ、ぬいぐるみと一緒カウンターで包装してもらった。
かなたはぬいぐるみの入った袋を受け取る。


「それで、用事はこれだけですか?」


後部座席に荷物を置き、助手席に乗り込むかなた。


「いや、昨日の続きだが大丈夫か?」


かなたは梅沢を見て頷く。梅沢はそれを見て、車を走らせた。


「そういえば。」


運転中、ふと何かを思い出した梅沢。かなたはそんな梅沢の方を向く。


「どうかしたんですか?」
「あぁ、事件とは関係無いんだ……昨日知ったんだが、天乃とは付き合ってるんだな。」
「はい。司さんが梅沢さんと同じ仕事をしているとは知りませんでしたけど。」


少し声が弾むかなた。


「そうか。…それを知っても変わらないんだな。」
「……どういう意味ですか?」


梅沢が何を言いたいのか、いまいち掴めないかなたは首を傾げつつ聞いてみた。
梅沢はチラリとかなたを見てから、前をじっと見る。


「こういう仕事だから…もし、という事がある。それを覚悟して、天乃と今の関係を続けていけるんだな?」
「………わかるけど、わかりません。」
「……そうか。まぁ、ただの独り言だ。忘れてくれ。」


梅沢はそれ以上何も言わなかった。
かなたも何も言えず、窓の外に視線を移した。


第3、第4の現場に着くも、何の進展も情報も無かった。
そのまま、その日の捜査は終わった。




大体同じくらいの時刻


「あー疲れた…。」


上着を乱雑に脱いで、部屋のベッドに倒れ込む女性。そのまま、スカートのホックを外してスカートを脱ぐ。
スーツ姿だった女性は、今ではカッターシャツとストッキングとやや扇情的な姿となっていた。


「姉貴、帰ってきてすぐそれはどうかと思うんだが。」


冷めた目でベッドに寝転ぶ女性を見る男。女性も男を見て、ベッドの上に起きてぺたんと座る。


「なに、興奮するの?」
「別に。……だからってシャツめくるな。」
「ちぇー…つまんないの。」


呆れる男に対し、口先を尖らせる女性。


「それで我が弟よ、何か用?」
「借りてた物返しにきただけ。ここに置いとくよ。」
「ん。ついでに飲み物持ってきてよ、潤。」
「へいへい。」


生返事で部屋から出ていく潤。未來は潤を見送ると、そのまま後ろに倒れ込み、天井を見上げる。
天井に向かって右手を伸ばし、その手を見る。


「……つまらない。」


ふぅ、と溜め息を吐き、近くにあった本を取り仰向けのまま読み始めた。

ある程度読み進めた所で、何かの視線を感じた未來。最初は潤かと思ったが、周りを見ても誰も居ない。
気のせいか、と再び本を読もうとする。その時、本を見るはずに向けた視界、目の前にピエロの面を被った何かと目が合った。

未來は驚き、声を上げた……つもりだった。
口が動かない。口だけでなく、全身を動かす事も出来ず、動かせるのは目だけ。


「つまらないか?」


それは口も動かさず、耳から入ってくる声でもない。未來の頭に直接語りかけていた。
頭が混乱し、何をすればいいか、どうしたらいいかわからない。

そんな中、未來の頭の中である言葉が浮かぶ。

それを理解したのか、未來の目の前のモノは口元を歪めた。




「………ん、あれ?」


未來は気が付くと、辺りは暗くなり始めていた。
眠ってしまったのか。それにしても嫌な夢を見た気がした未來は、ベッドから起き上がった。


部屋を出て、顔を洗いに洗面所へ。冷たい水を浴び、けだるさを和らげる。
シャツ1枚しか身に着けてない事を思い出し、部屋に戻る。シャツを脱ぎ捨て、部屋着に着替える。


「うーん……何か変な気がするんだけどなぁ。」


何か違和感を持つ未來。部屋を見回したり、携帯をチェックしてみるが、変わった事も無い。
これ以上気にしても仕方がないので、未來は途中まで読んでいた本を手に取り、再び読み始めた。





「それじゃあな。」
「はい、娘さんに喜ばれると良いですね。」


神社まで送ってもらい、梅沢と別れる。車が見えなくなるまでかなたは見送り、神社へと帰る。

巫女服に着替え、暗くなった境内の掃除を終えて家に戻ろうとする。
が、少し歩いて立ち止まる。かなたは何かの気配を感じ、後ろを振り返る。

遠くの街灯の明かりの影で、はっきりとは見えなかったが誰かが立ってこちらを見ていた。
そんな中、歪んだ口元だけははっきりと見え、それを見たかなたは背筋が凍るような感覚に陥った。
その人物はそのまま闇に消えた。

かなたは少しの間金縛りにあったように動けなかったが、動けるようになるのと同時に腰が抜けてその場に座り込んだ。
かなたはそれが何者かわからなかったが、1つだけわかった事があった。



さっきの人が犯人だと言う事



部屋に戻ったかなたは、独り部屋にいた。灯りも付けずに壁に背を預け、小さく丸まっていた。

誰だかわからないが、少し見ただけで圧倒的な威圧感。そして力を感じた。
身体が震え、止まらない。ただただ、怖かった。

その時、携帯が鳴った。その音に驚いてビクッとするかなただったが、携帯を恐る恐る手に取った。


「……もしもし。」
「あ、かなたさん。司だけど…今、大丈夫かな。」
「はい、大丈夫です。」


司の手前、出来るだけ普通を装うかなた。少しだけたわいのない話をしていた。


「かなたさん、大丈夫?」


ふと、真面目なトーンで司が聞いてきた。


「大丈夫ですけど…どうかしたんですか?」
「…少し、会いたいから行ってもいいかな?」
「あ、はい。…わかりました、待ってますね。」


電話が切れ、少ししてからチャイムが鳴った。かなたは玄関に行って戸を開ける。


「今晩は。急にごめんね。」
「いえ。どうぞ。」


司を招き入れ、自分の部屋に通す。座布団を出して、司を座らせ自分も小さなテーブルを挟んで向かいに座る。
司は部屋を見回してから、かなたを見る。


「かなたさん、普段からそれ着てるの?」
「えっ……あ!いや、これはその……」
「着替え忘れてたと。たまにそういうドジっ娘するよね。そんなかなたさんも好きだけど。」


司に言われて、ようやくかなたは巫女服姿のままだった事に気付く。司はそんなかなたを見てくすくすと笑う。
羞恥と司の笑顔を見て、顔が赤くなるかなた。


「もうっ!…司さん、そんなにからかわないでください。……あ、そういえば何も出してない。お茶、淹れてきますね。」


かなたは慌てて、お茶を淹れに部屋を出る。常にポットにお湯はあるのでお茶を二人分淹れて、一緒に乾物を盆に持って部屋に戻った。
テーブルに盆を置き、自分の前と司の前にお茶の入った湯呑みを置く。


「ところで司さん、どうして今日はこんな時間に?」


お茶を飲み、一息ついたかなたは司に聞いた。


「まぁ…急に顔が見たくなった事と、」
「…事と?」
「気のせいなら良いけど…電話した時、何か不安そうだったから。」


かなたの動きが一瞬止まる。…が、すぐに何事も無かったように笑顔で振る舞う。


「…気のせいですよ。司さん、心配性です。」
「……かなたさん、何かあった?」
「何も無いですよ。大丈夫ですって。」


かなたは笑顔で話すが、司は心配そうに見ていた。そして、司は言った。


「かなたさん。嘘つくの苦手だよね。」
「え…?」
「…嘘つく時、僕から目を逸らす事が多くなるし、笑顔も作ってるし。」
「……。」


黙り込み、下を向くかなた。司は言葉を続ける。


「僕に頼っても良いんだよ。かなたさんが、1人で抱え込まなくても。頼りないかもしれないけど。」


少しの静寂。かなたは下を向いたまま。
やがて、かなたの肩が震え始める。


「……ごめんなさい。」


司の優しさ、自分の司への信頼の薄さが情けなく思い、かなたは泣き始めた。
司はそんなかなたの隣に座って、自分の胸にかなたを抱き寄せた。司がかなたの頭を撫でると、かなたは感情の抑えが効かなくなり、司の胸の中で泣いた。



「…司さん。私、不安だったんです。」


落ち着きを取り戻したかなたは少しずつ話し始めた。
夕方に見た謎の人物の事、それを見た時の恐怖、そして不安。


「司さん…私、怖いです。」
「かなたさん…」


その時を思い出したのか、かなたの不安が強くなる。司はかなたの不安を和らげようと、抱き締める。


「大丈夫、僕が居る。かなたさんは独りじゃないよ。」


かなたは司をじっと見つめる。


「司さん…。私、もっと司さんを知りたい。もっと司さんと一緒になりたい。…司さんとの繋がり、証が欲しいです。」


司の首に腕を回し、かなたは司に顔を近づけていく。そのまま、2人は初めての口付けを交わした。
離れると互いに見つめ合い、再び二度三度と重ねる。


ーーー性的描写の為、省略。見るのなら自己責任でコチラ (別窓)ーーー



そのまま、朝を迎えた。

窓から射す朝陽が閉じた視界に入り、かなたは眩しさで目を覚ます。
寝転がったまま、目をこする。両腕を真上に挙げて伸びをした所で握っていた手を広げ、その手を見つめる。

昨晩の事を思い出し、少し顔が赤くなり頬も僅かながら緩む。
上体を起こし、欠伸する。再び目をこすり周りを見る。


「あれ……?」


誰も居ない。かなたが昨晩眠りに就く時には隣に居た司の姿が、何処にもなかった。
ふと、テーブルに紙が置いてあるのに気付く。かなたはベッドから出て、紙を手にする。

<今朝早くから、梅さんに呼び出されたから行くね。…また、いつでも頼ってくれていいから。>

そう書かれたメモを見て、昨晩の事が夢などではなく、本当の事なのだと再度思った。
窓の前に立ち、外を見る。朝陽が心地良い暖かさをかなたの全身に与える。


「よし、今日もがんばろ~。」


軽く気合いを入れるのと同時に、携帯のアラームが鳴る。かなたはアラームを数種類セットしてある。
1つは早朝の境内の掃除をするために、1つはゆっくりと大学に行く為に、1つは遅刻寸前…等。
そして、今鳴ったのは…


「…えぇっ!?もうこんな時間!?」


かなたは大急ぎで着替え、家から走りだす。かなたが聞いたアラームは、遅刻寸前のものだったのだ。





「はぁっ……はぁ……。」


息も絶え絶えに、何とか1限に間に合うかなた。適当に空いてる席に座り、息を整える。
とは言え、家から駅まで走り、電車の中は少し休めても、降りたらまた走りでなかなか息を整えるのは難しい。


「おはよ。……珍しいわね、かなたが寝坊するなんて。」
「おはよ……はぁっ……。」


隣に座る未來。そのまま講義が始まった。
ある程度時間は進み、ようやく息が整ったかなた。


「昨日、何かあった?」


休憩時間になり、ぼそぼそっと小声で話しかけてくる未來。


「ううん、別に対した事は……」
「…そっか。昨晩はお楽しみかぁ。」
「なっ……あぅ…。」
「え………嘘、適当に言ってみただけなのに。」


昨晩のお楽しみ、でかなたの反応が初々しくなり、顔も走って高揚して赤くなるのとは違った赤みを帯びる。
もっと驚いたのは適当に言ってみた未來の方。かなたが奥手なのは知ってるつもりだったし、結ばれるまではそういった事はしないと考えていたから。


「そっか…かなたも大人の階段を昇り始めたのか…。お母さん、嬉しいわ。」
「なんでお母さん……。」


ハンカチで涙を拭う仕草をする未來を見て、かなたは少し呆れた。


「で、どうだった?」
「どう…って?」
「そりゃぁ…勿論、お楽しみの感想ですよ。全く、言わせないでよ恥ずかしい。」


にやにやと未來はかなたに聞く。かなたは昨晩の出来事を思い出し、少し赤くなる。


「…優しくしてくれたし、もう少し司さんに甘えても良いんだな、って思った。」
「……聞いた私が言うのもアレだけど、ノロケか。このバカップル、幸せになっちゃえ。」


ばんばんとかなたの背中を叩く未來。未來も未來で、かなたと司を応援していた。

そんな態度を見せながらも、未來は心の中である感情を抱いていた。

司に対する嫉妬。

隠していた感情。そして、それを思ってしまった為に、未來の中で声が聞こえてきた。


「つまらないか?」


あの日、未來の前に姿を現した謎の人物の声。そして、それが夢でなかったと認識される。

意識が離され、未來は気付くと視点がやや高めにある事に気付く。辺りを見ると、かなたが居るし先程とは変わりない風景に見えた。
ただ1つの点を除いて。

見た事のある髪型、背格好、体格。そして、未來は気付く。


「なんで……なんで私が居るの?」

未來の目の前に居る自分は、かなたと仲良く話をしていた。かなたの笑顔。
可愛いなぁと少し見ていたが、今の状況を思い出しハッとする。

そんな時、もう1人の未來がこちらを見る。その未來はこちらを見て一瞬ニヤリと歪んだ笑みを見せた。
その笑みに怒りと不安を覚えた未來は、再びかなたと話始めたもう1人の自分に向けて拳を振るう。


……が、それは虚しく空を切る。いや、見た目では当たっているのだが、もう1人の未來の頭を自分の拳がすり抜けた。
そこで、未來は気付く。自分の手、身体が透けて見えるのを。


「何…コレ……。」


自分がおかれてる状況を混乱しつつも少しだけ理解し、恐怖に身体が震える。今の未來には何かを出来る力は無い。



「…ねぇ、かなた。次の講義で今日は終わりだよね。ちょっと家に寄って行って欲しいんだけど、良いかな?」
「え?…うん、別に用事も無いし、良いよ。」


そんな事になってる事も知らないかなた。そして未來は喜んだ。
講義が始まり、集中する2人。


「…望んだだろう?」


未來の頭の中に響く声。未來はその声の主が何となくわかった。


「私の身体で何する気なの!?」
「…望みを叶えるだけだ。」
「望み?なら、アンタは早く消えてよ!」
「…それは出来ない。契約したから。」


契約。その言葉を聞いてもピンとこない未來。それを察したか、声は言葉を続ける。


「…お前はつまらない日常から脱却したいのだろう?」
「……それは」
「それに、あの時お前が何を思ったか忘れたとは言わせない。」
「…冗談、でしょ?」
「……。」


見る見るうちに顔が青ざめる未來。その時思った事、それはただの妄想に過ぎない物だったのに。


「…いや、やめて。」
「…それはお前が望んだハズだ。」


未來はその場で顔を覆って泣き始める。誰にもその声は届かない。






講義も終わり、未來の部屋に入る2人。未來はかなたの後から部屋に入り、後ろ手に部屋の鍵を閉めた。


「ところで、何か見せたい物でもあるの?未來ちゃん。」
「まぁね。取り敢えず、着替えるから座ってていいよ。」


相変わらず、人が居るのにも関わらす、大胆に着替え始める未來。かなたは思わず眼を背ける。

そして、それを何も出来ない未來はただただ見ているだけ。
願わくば、未來が思った事が起きない事を祈るだけ。
後悔と自責の念が、未來の心を支配しようとしていた。


「…さて。かなた、ちょっとコレ着てよ。」
「え?また……?」

着替え終えた未來は何故か高校の時の制服であり、未來がかなたに袋を差し出した。
半ば諦めの色を見せ、かなたは専用の着替え室で着替え始めた。

服を脱ぎ、袋の中を取り出す。それは未來が着ているのとサイズ以外は全く同じ物だった。
着替え終えたかなたは未來の横に立つ。


「おぉ…やっぱかなたは可愛いなぁ。」
「ちょっと未來ちゃん…苦しい…」


かなたにぎゅーっと抱き付く未來。かなたは嫌がる素振りは見せないが、いつもより未來の力が強いのか、少し苦しかった。

その光景を第三者としてしか見れない本当の未來。ただの妄想してた事が少しずつ現実に近付いてる事で、胸が苦しくなる。
あれから必死に色々とやってみても、何も出来なかった。そんな無力感もあるのだろう。


「可愛いなぁ…」
「未來ちゃんだって。」


未來の笑みが少し変わった。照れが混じっていたが、今度の笑みは違った感情が渦巻いていた。


「ホント、食べちゃいたい。」


ニヤリと歪んだ笑みをかなたに見せたと思うと、かなたの両手を掴んでベッドに押し倒す。
一瞬、何が起きたかわからなかったかなた。理解した時、既に未來はかなたの唇を奪っていた。

手足をバタつかせて、抵抗するかなた。だが、未來の力には勝てる事は出来なかった。
そこで、かなたは気付いた。未來の身体に違和感がある。

そして…悲しい目でこちらを見るもう1人の未來の存在に。


「…気付くのが遅かったな。」


未來から発された声。それは重く、低い男の声。
かなたは護身用の札を鞄にあるのを思い出し、動かせる足で取ろうとする。が、それに気付いた未來は鞄を届かない所へ蹴り飛ばす。


「いつから…取り憑いた。」
「…秘密だ。まさか今まで気付かないとは、鈍感だな。」
「くっ……」


男の声と未來の声が混ざり、変な感じに聞こえる。その間にも、かなたは何か出来ないか抵抗する。


「さぁ、お楽しみの時間だ。」


邪悪な笑みを浮かべる未來。かなたは抵抗するが、いつもの未來以上の力でねじ伏せられているから動けない。







―――――性的(ry) 自己責任でコチラ (別窓)―――――









「う……」


脱力している未來。かなたは今しかないと思い、力を振り絞って鞄を手に取る。


「しまった!」


慌ててかなたの動きを止めようとするが、時既に遅く、かなたの護身用の札が未來の身体に貼られる。
男の声で断末魔が響き、未來に憑いていた霊は無へと還った。そして、気絶している未來が身体へと戻ったのを見て、安心し脱力するかなた。





「ん……んぅ…」
「あ、未來ちゃん。大丈夫?」


目を覚ます未來。側でかなたがじっと見ていた。


「かなた…」
「未來ちゃん、急に倒れたんだもん。ビックリしたよ。」
「でも、私……」
「ダメだよ?無理なダイエットしたら。」


未來は先程までのが夢でない事くらいわかっていた。だが、かなたは先程の事を気にしていないわけがない。
かなたの目が赤みを帯びてるのが何よりもの証拠だった。


「うん……ごめん。」


そんなかなたに、未來は何も言えなかった。かなたの優しさを感じたし、後ろめたさがあるから。

それから少しだけ話をして、かなたは帰っていった。