タイトルが、ちょっと、暗いかな「死に方」って。

暗い話じゃないんですよね。

 

この前、母にあった時に、認知症になって、少しづつ忘れていき、最後には家族すらわからなくなってしまい、それと並行に痩せていき、何のために生きているのだろうとはたから見て思えるような、そんな死に方は嫌だという。いわゆる「コロリ」と逝きたい。

 

そうなんだよね。

認知症の父が私に会うたびに、「今、どこに居るのか」と聞く。

それも、会っている10分、20分の間に、何回も聞く。そのたびに、答えても、また聞く。

 

そういえば、何かで、死ぬときは、癌で死ぬのが一番いいという。癌というのは、突然に死を宣告されるわけだけど、死ぬまでに期間があるというか、時間がわずかだが与えられる。脳梗塞や交通事故で死ぬような突然来る死と違い、また、年をとって自分名前もわからないようになって死ぬ老死とは違う。唯一、死を知らせられ時間を手に入れる。その与えられた時間で、終活をすればいい。そんなことを聞いた。でも、やっぱり、癌は嫌だ。

 

なんか、死を考える年になったなあ。

それと同時に、生きるという意味が分かってくる気がするのは不思議なものだ。