父親が入院して、数ヶ月が経過した。

病院にお見舞いに行ったがかなり衰弱しており、元気だったころの面影はない。久しぶりに、母親も一緒に面会した。

母親が声を掛けても反応しない。しばらく、何度か「お父さん」と呼ぶ声に、まぶたがかすかに反応した。目を開けたわけではないか、確かに反応した。さっきより少し大きめの声で「お父さん」と言ってみる。「おー」と搾り出すような声がいきなりでた。目は依然と閉じたままだが、小刻みに動いている。

「会わせたい方がおられればなるべく早い内にお越し頂ければと思います」担当医は、私にそう遠くない未来を違う言い方で伝えた。

母は、父の葬儀が近いことを感じで葬儀の準備を気にしていた。母の身近で最近というかここ10年以上葬儀がなかったこともあり自宅で喪服が見当たらないことを私に探して欲しいという。流石に、自分ね喪服すら誰もがすぐに思い当たらないことが多いのに、それは無理でしょう。

母も92歳で、既に長生きをしたと言われる部類だし、兄弟はすでに他界しているのだから、葬儀の時に借りれば良いと思うと説得したが納得しない。レンタルなどは嫌だと言う。買って送って欲しいと言う。しかし、流石に喪服を買って送るのはサイズのこともあり、無謀な対応である。しかし、納得しない。

翌日、母を連れて婦人服売り場に出向くことにした。価格も2万程度の物から10万以上するものまである。サイズもかなり幅が広い。店員は価格の違いで1番大きいのは黒色が本当の黒色になればなるほど高くなると言う。どうでも良い。母が買った喪服をもう一度着ることはないだろうから、黒か白かどうでもよい。喪服に見えれば良い。私の本音。

試着して鏡に映る自分を見て、「いつものサイズより大きめがいいわね」と、店員と弾む会話が聞こえる。

喪服を手にした母は満足そうに帰りの車にのった。

いつまでも女性というものは、ファッションが気になると言うか、父の葬儀もオシャレでいたいのだと思った。

帰りの車の中で私は母に、「いいのがあって、良かったね」と声を掛けてエンジンをかけた。