2月8日は衆議院選挙で政治家たちの良いことや悪事とかが毎日のようにいろんな形で報道される。それもその人のいつも情報得ているところからのものが偏っていると、その真実が見えなくなる。別にどちらがいいとか悪いとかでは無いのだが、真実は本人のみぞ知ると言うこと。それと真実であっても、それを曲げて報道する人たち、いろんな形がある。

例えば、消費税の事について、自民党が消費税を12%にすると言う話が出たり、その12%にすると言う話だけを国民民主党が切り取って、あたかも総理大臣が言ったように報道する。国民民主党の党首が何年か前に消費税を20%以上にすると言うことを言っていたが、その事は報道しない。そこで考えられるのは自民党が12%にすると言うのを信じる人と国民民主党が20%に以上にすると言うのを信じる人と、その2つの情報も聞かない人といろんな形がある。

すべてのことが真実と嘘、そして嘘を言い続けると、それが真実になる。

幼い頃の思い出が、全く記憶になかったことが記憶がよみがえってきたように頭の中で描かれたことが真実として表に出てくることがある。実際にはそんな事はなくそうかと思ってそのことが真実として頭に記録される。

先日同窓会に行った時、同級生から小さい頃にこんなことをしたよねって言われて全く記憶がなかった。しかしそうだったんだと思って自分はその言われたこと。幼い頃の自分のしたことと納得したが、しかしそれから数ヶ月経ってその友人とまた会ったときにこの前の話だけど、別の人だったと言われた。なるほどね。これが作られた嘘が真実となる瞬間だなと思った。

つまり、真実とはどういうことかと言うと、自分が信じること、それが真実なんだと。または、そうであるべきだとか、そうしたいとか、そうであって欲しいとか、それが真実である。それが嘘だとか挙動だとか関係ないのである。自分がそう思えば、それは真実なんだと。

他人が真実と思うことをそれは違うと言う必要は無い。その人にとっては嘘であっても真実なんだから。ただその嘘が真実と思う人が多くいれば、それは間違いかもしれないが、それはそれで幸せだろうが、不幸だろうが、真実としてそこに記録される。

そういえば、世界でも有名な嘘が真実になった事例があった。それをちょっとここで書いておこう。


ナチス・ドイツでは、「ユダヤ人が国を内部から壊している」という嘘が、国家の公式な“真実”として広められた。経済不況や敗戦の責任を特定の人々に押しつけることで、不満と恐怖は憎しみに変えられた。その結果、ホロコーストが起こり、約600万人もの命が奪われた。嘘が権力と結びついたとき、社会は簡単に残酷になる――歴史が示す重い教訓である。