今回から、稚拙ではありますが少しまじめに、それなりの体裁の読み物をエントリーしていきたいと思います。既出の雑多に並んだ言葉を論理的に再構成してみるという試みですが、いつものように下品な文言が並ばぬよう配慮はしつつ、基本的にはデリカシー無視の本音だけの提言となります。
さて、私は不可知論を受け入れている人間ですから、理屈を愛しながらも、この世には人間なんぞに解明できないなにかがあるといつも思っています。大自然が起こすカタストロフィーがその一つです。しかし、だから科学は信じないということではありません。生活の中に科学を用いないとしたら、私はすぐにでも死ぬからです。そして、私は科学を疑うに足りる知性を持つことが、大人を名乗る最低条件であるということにも気付いています。この主張が解る方が少ないはずですので、そこで今回は、知性ってなんだろうなと考えさせるお話しをいくつかしたいと思います。
人間は、何時代だろうが、どの国の人間だろうが、どんな職業に就いていようが、どんな思想を持っていても、全員が科学の恩恵を受けて生きてきました。現代は、科学なしには安心して生きていられません。しかし、そのありがたい科学のことをまったく知らない人でも、科学のお陰で科学的に生きていられるという不思議な時代が日本では少なくとも20年は続いています。科学は、あまりにも静かに、あまりにも健気に、まるで忍者のように密かに私たちを助けて守ってくれています。それゆえ科学のことを知らなすぎる人が多すぎます。これは大変に危険な現象です。よく言われていることですが、つまりこれが堕落というものだからです。絶対に避けなければならなかったのに、どうしてこんなことになったのでしょうか。それを解明するべき人間に、解明するべき理由がわからなくなってしまいました。世界的に競われている人工知能の成長は、このように科学を知らずして生きている人の成長を待ちません。一部の高度な知性を持つ人間を除いた大多数の市民が、ただ生きるだけに本当になるかもしれません。
感謝という言葉。毎日、誰かがどこかで言います。しかし、この言葉の真の意味合いを現代人のほとんどが知りません。親切な友達に、お得意のお客様に、ありがとうと言うことが感謝ではありません。漢字をみてください。感じる、謝る、とあります。感謝とは恥を感じることをいうのですね。では、恥とはなんのことでしょうか。物理学的にどうしても自分ではできないことです。たとえば、自分で自分を産むことは出来ない。だから、母に感謝の念を持つのです。言葉遊びはよそでやってくれと聞こえてきましたが、これこそがど真ん中の科学なのです。最高峰の知性のことを話しているのですが、まだそう感じてはくださらないようですね。では、スマホ、財布、ファッション誌、マイカー、赤ちゃん、惣菜パンetc。なんでもよいのですが、皆さんが自分一人でいつでも創造できるものをお答えください。私は一つも答えられません。答えられる人間などいないことに、なかなか気づかない人々は、だから、先程の恥の概念が不思議で仕方がないのです。
我々は自分の人生を幸せなものにするために、笑顔で穏やかにして待っているだけでよいのでしょうか。もしあなたがそう思うのであれば、インチキ幸福論の読みすぎです。嫌な出来事が身近で発生しそうなとき、そのままでじっとしていることはないでしょう。要するになにかが起きるアルゴリズムを把握しておくことはとても大事なのです。簡単に言えば「仕組み」や「なぜなら」のことです。これもきちんと解釈していない人が多すぎます。デタラメ精神論を読みすぎです。とりもなおさず最近の、人々の科学離れと逆の科学妄信による社会の無秩序ぶりは異常事態級です。政府には、国を滅ぼしたくないならインターネットやSNSの利用はすぐに免許制度にするべきと私は訴えました。これは決して恐怖プロパガンタでもデマゴギーでもありません。いつ破裂してもおかしくないこの無秩序社会に効きそうな特効薬はおそらくそれくらいしかないのです。
病人を減らしたいなら病院を潰すのが当たり前です。では、戦争を避けつつより平和を拡げる方法はあるでしょうか。離婚を避け仲良し夫婦に戻る方法はどうでしょうか。すべて実際にあります。しかし、その理屈が現実で有効になる条件があります。その理屈を、つまり「なぜなら」を正しく知性として身に付けた者同士の間柄のみに有効になります。今、世界を悩ましているのは知的格差です。それだけが問題です。すべての問題がここに原因を持つのです。そう解っている誰かと、解っていない誰かの喧嘩が終わる秘策は残念ですが一つもありません。苦肉の策、かつ唯一の希望策として、人工知能が名乗りをあげました。人工知能はたしかに社会秩序回復のためにあるはずですが、おそらく反作用します。なぜなら、全世界のほとんどの市民が揃って人工知能の導く解を理解しないからです。
言わずもがな、人工知能が人間の脳より早く大量の計算をするというのであれば、知能が幼い市民がそこにいるわけです。なにが変わるというのですか。変わるのは人工知能の解を理解できる相当に頭のよい人々の次の行動だけです。知能の幼い人々は変化のスピードにも追い付けませんし、まるで初めて聞いた言語の中で面喰らうように下手に動けなくなります。前述しましたが、人工知能開発は、非知的市民が作った社会の混乱をただ沈静化させるだけに終わると予想しています。新聞が書く楽園期待論は、科学を理解していない記者が勝手に信じていることなのです。なにが起きても慌てないでいられる方法がひとつだけあります。人工知能が教えてくれることを理解するための知性を手にいれることです。その時、スマホや友達や他人はまったく役に立ちません。あなたが誰なのかを、人工知能は知っているのです。あなたが自分の脳で理解するしかないのです。
毒薬と化した料理を食べて美味い不味いと絶叫してるだけ。犯罪行為を万人に眺めさせるだけ。そんなことで億万長者になる人間が次々誕生しています。ユーチューバーだの生主だのと呼ばれる動画配信者の低俗度合いは悪魔のごとしで、言葉がありません。あの悪魔たちには公序良俗など完全に考えられないし、公共の福祉という概念も知らないのでしょう。彼らには知性がないと断言できます。姦通罪があったから不倫が増えた時代に戻っているようです。これから頻繁に起きる人的心的カタストロフィーは、動物的に生きる彼らや、彼らに続く者が起こすものです。そして避けられません。なぜなら、彼らには時間の概念がないのです。時間は取り戻せないということを思慮できない人間は、潜在的にも膨大です。科学でも宗教でもコントロールできなった人間を言い聞かせる方法を、私には思いつきません。こうやって考えている人々だけが生き残っていればなんとかなる時代ではありません。
インターネットやSNSの中に、知性に代替するなにかを求める自称現実主義者の99.99%は夢想主義者です。ものの真理がわかっていないからインターネットやSNSに吸い寄せられるのに、現実も主義もありません。そこから逃げ出せないことがそれを証明しているということを知らないから、今日もモニターの前にいるのです。兎に角、社会は今まで以上の知的格差によるいさかいに次ぐいさかいでカオス状態になるでしょう。もちろんやがて白々しく冷めていくでしょうが、それには数十年がかかると思われます。科学は人類共通の経験なのです。してはいけないことは日に日に、毎年毎年明らかになっているのです。それなのに、してはいけないことをやってから身振りを考えるなんて、そう生きるのが楽しいという決断をするなんて、子供の世界の話です。獣の世界の話です。私は抵抗します。認めません。せめて、近くにいる愛しき人々に悪魔を近づけたくありません。啓蒙をあきらめません。