小学校2年の時だから、もう60年以上も昔のことになる。その時僕は八戸にいた。そう、青森県の。八戸は楽しい所だった。今でも母と話すのは、自転車で港から売りに来るイカが一杯一円。多分あの頃は冷凍技術とかが無かったので、まさに地産地消、地元で消費する以外なかったのだろう。親父の給料が7000円くらいだった。

 通っていたのは八戸市立根岸小学校。一クラス30人くらいだったか、それが2クラス。アメリカ軍が建てたトタンのかまぼこ型の校舎だった。ほとんどがお百姓さんの子供で、田植えなんかの農繁期には、女の子は自分の妹や弟を連れて登校していた。隣の席に座らせて。目の前はだだっ広い野原、鉄塔があって、そこだけ入らないようにと鉄条網で囲われていた。事件はそこで起きた。

 一人の女の子が毬を持ってきた。それを何人かで投げっこして遊んだ。僕が投げた毬が鉄条網に当たり、一瞬にしてぺちゃんこになった。その子は泣くし、でも僕は何も感じなかった。多分謝りもしなかった。周りの子が先生に、マサミちゃんがマリちゃんのマリを壊したと訴えていた。

 そしてそれから60年余り、途中の人生で全く思い出すこともなかったこの事件が突然思い出され、深い自責の念に駆られている。毬は子供の頭の半分くらいの大きさで、女の子らしい明るい模様が描かれていた。買ってもらって初めて持ってきたと言っていた。今でいう体育すわりと言うのか、マリちゃんはしゃがんで膝を立てて,スカートに顔をうずめて泣いていた。丸まって、スカートが垂れて、その姿がはっきりと思い出される。