私は
いろいろ考えたうえで
「これだ!!」
と思い浮かび
誰かに話したり
行動してみたりすることは
よくあります。
でも
後々振り返ってみると
「合理化」
していると気付くことがありました。
私なりに、その時は
合理化してしまったことについて
もう一度向き合ってみたいと思いました。
「合理化」とは
心理学用語で
防衛機制の1つと言われています。
自分の受け入れられない物事を
論理的に
合理的な考え方にしてしまうことです。
例えばですが
手の届かないところにあるブドウを
あのブドウは酸っぱいはずだと
手に入れるのを辞めてしまうような考えのことです。
防衛機制には
他にも
投影、抑圧、理想化などがあります。
防衛機制を
とても簡単な言葉で言えば
心理的な安定を図るために
心が自動的に反応することのように思います。
それは
日常生活のうえで
ごく自然なものもあれば
病的なものと言えるものまで
いろいろとあります。
防衛機制は
自分の心を守っていることとも言えます。
ただ、それでも
先程のブドウの話に例えると
手に入れるのを辞めるのか
手に入れる努力をしてみるのかは
本人の心の深い部分を理解することが
大切だと思っています。
話していることが
すべて正しいと思いがちですが
本人が話していることは
心が反応していることが
ほとんどのように思いますので
私は
話している言葉だけに捉われずに
より深い心の言葉を
