”エシカル”という言葉がなくなる日を夢見て | 【世界中にエシカルコスメを届けよう】あなたの「お肌」と「地球」を救う、人にも地球にも優しい手作りコスメスクール代表 増岡晶子

【世界中にエシカルコスメを届けよう】あなたの「お肌」と「地球」を救う、人にも地球にも優しい手作りコスメスクール代表 増岡晶子

化粧品が「自分にとってだけでなく、人、社会、地球環境にとっても良い影響を与えるものである」という観点を加えたものが「エシカルコスメ」です。 ethical cosmeticでは、そんなエシカルな化粧品を手作りすることをご提案しています。

 

私は普段、エシカルという考えや

そういった生き方をする人が増える為の活動を

しているので

 

 

 

非常に矛盾してるかもしれませんが、

 

 

 

本当は『エシカル』なんて言葉は

いつかなくなればいいと思ってます。

 

 

 

これは私がいつもどこかで考えていることです。

 

 

 

エシカルという言葉の意味は

「倫理的・道徳的」という意味。

 

 

 

みなさんは、何かを買ったり選んだりするときの基準って

どういう基準で選んでいますか??

 

 

 

ほとんどの人が

 

 

 

・商品の品質

・値段

・安全性

 

 

 

などを重要視するのではないでしょうか。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「エシカル」というのは、上記に加えて

 

 

 

その商品がどういう経緯で生まれて

どういう経緯を経て循環されていくのか??を

ちゃんと知って、倫理的視点からも

人や社会や地球に配慮されたものを選んでいこうよ

 

 

 

ということです。

 

 

 

 

この「倫理的・道徳的」というのは

本来、当たり前の感覚としてもっているもので

 

 

 

わざわざ声をあげて言わなければいけないということは

そうじゃない現実あるからですよね。

 

 

 

例えば、ほとんどの人の感覚として

「人を殺してはいけない」という倫理観を

もっていると思います。

 

(もちろん時代や国や環境によって変わりますが)

 

 

 

でも、親から

「人を殺してはいけませんよ」って

再三言われて育ったわけではなくて

 

 

 

生きていく過程で

命の大切さを教えられて

知っていくことですよね。

 

 

 

だから、エシカル・エシカルと

声高に叫ぶことは

 

 

 

「人を殺してはいけませんよ」って

人に言いまくることと同じではないかと思うからです。

 

 

 

だからこそ

 

 

 

私はエシカルという言葉は

そんな事をいちいち言わなくても

多くの人が当たり前だと思う感覚である

世の中であってほしい。

 

 

 

オーガニックと書かれなくても

当たり前のようにそういう作り方をされた

食べ物がすべてであってほしい。

 

 

 

エシカルコスメなんていう名前で差別化しなくても

すべて安心・安全な地球に優しいコスメであってほしい。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

エシカルって一言でいうと

単純に周りへの思いやり、だと思うんです。

 

 

 

こういうことをわざわざ言っていかないと

成り立たない社会になっていることが

すでに悲しい。

 

 

 

だからこそ、

わたしは「エシカル」ということを伝える時の本質は

 

 

 

私たちを育んでくれている

生きとし生ける存在への感謝を

いつも忘れずにいようよ

 

 

そして、みんながみんなそのことを

当たり前だと思って成り立っている・・・

 

 

そんな優しい世界が

ずっと続きますように、という祈りなんです。

 

 

 

だから、何かをしてはいけませんよ、

という押しつけや否定や排除ではなくて。

 

 

 

倫理や道徳とは

従わなければいけない正義でもないし

義務でもありません。

 

 

 

そもそも、この世に絶対やらなければいけないこと

なんてなくって、

本来どういうことを選択するのも自由なんです。

 

 

 

 

だけれども。

 

 

 

「すべての命を尊ぶ」

「お互いに思いやりをもって生きる」

 

 

 

そんな生き方は、

人の魂に刻まれている

とてもあたたかい部分を感じて生きること。

 

 

 

きっとエシカルという生き方は

そういうことなんだと、感じています。

 

 

 

だからいつか、

エシカルという感覚が当たり前になって

 

 

 

わざわざ言葉でくくらなくても

全てが愛と優しさで循環している世界が

 

 

 

私にとって、一番みたい景色です。