こんにちは。

迦楼羅です。

 

 

先日、奈良県宇陀市にある龍鎮神社に行ってきました。

 

前日雨が結構降っていて、当日の天気予報も微妙な感じだったのですが、

出掛けるときに雨が降ることは殆どないので、気にせず行ってみることに。

 

ただ、川が増水してたり濁流で足元が悪いと嫌なので

カメラは持たずに行きました。

 

雨上がりの山道で滑ったことがあるので。

カメラ落としたくないよね。

 

 

 

 

 

着いてみると雨は降っておらず、気温も高くなく

心地よい風と薄曇りの天気で汗もかかず

鳥の声や川のせせらぎが響いていました。

 

思ったよりも増水しておらず、水も全然濁流じゃない。

 

川底も見えるし、水鏡の木々の反射もとってもキレイ。

 

 

 

 

ここには蛇にまつわる言い伝えみたいなものがあるそうで、

大蛇と目をあわせると病気になると言われていたみたい。

 

蛇いっぱい居そうな場所ですが、

龍神信仰から蛇に悪戯しないようにとの教えが言い伝えになったのかなと思ったり。

 

というか、上の写真の岩、蛇の頭に見えるんですが!

 

自然って凄いよね~

 

 

 

こちらの鳥居を挟んで川の上流と下流にしめ縄がありました。

 

今でも神事をされてるそうですが、そのしめ縄の間で行っているのでしょうね。

 

 

 

 

川底が一枚岩。

 

この辺りはかなり大きな岩地で水が侵食していったんでしょうね。

雨上がりというのもあって、足元滑ります。

 

土が少ないから雨上がりなのに水が澄んでるのか。

まだこんなにキレイな水が流れる川があるのは嬉しいことです。

 

川の流れも速くて、とても心地よい場所。

 

 

 

対岸の本殿。

 

お参りは拝殿から出来ます。

 

本殿の方にも賽銭箱らしきものがあったのだけど

水が少なければ行っていいのだろうか?

 

結界を張った聖域なので、場を汚したくないですね。

ちなみに本殿前の鳥居は立て替えられたようで

古い足元が残っていました。

 

この本殿の上の方、龍がお社を守ってるかの様。

 

龍って神話に出てくる生き物ではなくて意識体なので、

龍神をお祀りしていれば当然その辺りは龍の意識体があるので、自然が龍を象っていくのでしょうね。

 

右を見ても左を見ても、なんでも龍に見える!

それだけ神聖な場所なんだろうな。

 

 

素晴らしき透明度!
 

水の国日本の川は、ほんとはこんなにも美しかったのに

人間は進化の度に地球を汚してるのが申し訳ないね。

 

こんなに美しい自然を見ても、何も思わず

ここにゴミを捨てて帰る人やBBQする人がいるそうです。

 

悲しいね、そういうの。

 

神社だからとかじゃなくて、

そういうことする意識になった人間の進化ってなんだろうって思います。

 

これからは目を覚ましていく時代。

 

この豊かな自然と共存してく時代だよ。

 

この美しさ、残したいって思いませんか?

 

 

 

 

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こんにちは。

迦楼羅です。

 

以前、可哀想という同情心について記事にしました。

今日はそれによく似たお話なんですが、

 

相手への思い方が、実は人を見下していることになるというお話です。

 

 

目の前にいる人だけでなく、「こういう人」って可哀想とカテゴライズする人たちは、実は可哀想な人ではありませんよと以前書きましたが、

 

じゃぁ、「可哀想」と位置付けたあなたは何者なのでしょう。

 

同情心や憐れみの気持ちで「可哀想」と感じているのでしょうが、

何をモノサシにしてそう思うのか。

 

容姿がブスだから?

 

頭悪いから?

 

病気だから?

 

貧乏だから?

 

心が貧しく荒んでるから?

 

虐待された子供だから?

 

パワハラに遭ったから?

 

 

何か基準があるから可哀想と思うのですが、

その基準は何を基にしているのでしょうか。

 

 

日本語には「あわれむ」という言葉があります。

誰かを憐れに思うとか、憐れな人とか言いますが

この一見同情してるように感じる言葉は

実は人を見下した言葉なのです。

 

憐れむというのは、

 

例えば、困っている人を惜しげもなく助けている人を見て

 

「あの人は憐れみ深い人だ」

 

と表すように、

 

困ってる人を指す言葉ではないのです。

 

 

 

自分が誰かのことを「憐れだな」とか「可哀想」とか感じるというのは、

 

その感情を掘って掘って掘って掘って掘って掘って掘って掘って掘って掘って掘って掘って掘って掘って掘って掘って掘って掘って

 

とことんまで掘り下げていくと

 

自分と他者の比較があって、

 

自分が優位に居たいから言葉なのが解ります。

 

 

つまり、可哀想・憐れだなと思うことで

 

自分はそうじゃないから(優位にたてた)と思ってる。

他者との比較で得る安心感。

 

裏を返せば、自分は無価値だと思っているということ。

 

 

 

とっても失礼なことだと思いませんか?

 

こういう言葉はヒーラーやセラピストに多いなと感じたので、

書いてみました。

 

 

みんな早く自分の価値に気づいていきましょうね。

 

 

 

こんな話も踏まえながら、体と心の声を聞く講座

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6月9日開催しま~す!

 

 

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こんにちは。

迦楼羅です。

 

久しぶりのペンシルアート(色鉛筆画)です。

お友達の猫ちゃんですが、今までとは若干雰囲気を変えて

背景にお花をアレンジしてみました。

 

 

白い毛の子は、犬でも猫でもしろぼてになりやすくて難しい~。

特に毛の短い猫ちゃんは何度描いても悩みますw

 

少し前より描き方や絵の波動がパワーアップしています!

自画自賛しとこう☆

 

描いてるところ、動画にしたいんだけど

倍速再生で動画を繋げて字幕と音楽入れて・・となると

無知過ぎて出来ない!

そこ勉強して、描いてるところもお届け出来ればなと思います。

 

 

先ずは編集ソフト攻略しないとだ(∀`*ゞ)エヘヘ


今日もご覧頂きありがとうございま~す。

 

 

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