目の前にある現実を受け入れましょうとか、
起こったっ出来事を受け入れましょうとか、

スピ本やブログ記事なんかにもよく書かれていますよね。
もちろん、私もよくそう話します。

この『受け入れる』という意味を真に理解出来ているかどうかで
受容に対する抵抗が少なくなります。

多くの人が、嫌な出来事や思いだしたくない感情を「受け入れる」という事に対して、抵抗があったり拒否してしまい前に進むことが出来ないようです。

苦い経験は自分を成長させる為のものと解っていても、
素直に受け入れるとなるとどうしてもエゴが働いてしまい
「解ってるんだけどね~」と、あと一歩納得がいかない感情が湧いてくるのです。

『受け入れる」とは、実は、嫌な出来事や感情をポジティブな事に変換して考えることではありません。

無理やりプラスに変換したところで、それは思考を強制的にねじ曲げただけです。

だから頭で理解したように感じても心の奥底には残っていて、
またいつか同じ体験をするか、忘れたはずの感情が甦る日がやってきます。

本当に受け入れる事が出来ると、人はもうその体験を二度としなくなるのです。

『受け入れる」と言うことは、
自分が体験したことの全てに対して、
必然な事が起った事に『気がつく』ということです。


Crystal breath

       ハナミズキの花言葉は「私の思いを受け入れてください」
Crystal breath


因果応報という言葉がありますね。
原因があるから結果がある。

人にはその原因を他のものに押し付けるクセがあります。
自分がその現象を創り出したことを認めたくないというエゴの仕業です。


原因があるからその報いに応じただけのこと、
すなわち必然に起こることは予め決まっていたのです。
何が原因だったか、それが必然だということに気がつけば
起きた全てを受け入れる事が簡単にできるのです。

全て受け入れるのですから、悪い事ばかりではなく善い事もあります。
善い事は気分もよく受け入れるのは簡単ですね。

自分の目の前に起こっていることや、過去の経験・体験、
そしてその時々の感情に怖れる必要はありません。


生があなたに与えるものすべてを受け容れること

それも深い謙遜のもとに

ひとつの贈り物としてそれを受け容れること

私がこう言うときには

社会がそれを間違いだとか悪だとか呼ぶことを

あなたに条件づけしようとしたようなものも例外じゃない


~OSHO~


起こった出来事の全ては、魂を成長させる祝福の様々な形なのです。

体験を通して『気づく』ということで、私達は学んでいくのです。

嫌な経験からいつまでも逃げていても受け入れることはできません。
そこにどんな創造の仕組みがあったのか気づくことで、
今を受け入れる心の扉は開かれるのです。


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LOVEあなたのハートに愛と光をLOVE
地球上で一番有名な母と言えば「聖母マリア」でしょう。
イエス・キリストの母ですね。

大天使ガブリエルから「受胎告知」を受け、
処女でありながらにして聖霊によってイエスをみごもりました。

マリアは純粋で霊性が高く、世界に対する優しさを持っていたと言われます。
それゆえに処女懐胎に選ばれたとも言えます。

マリアは昇天して現在はアセンデットマスターの一人とされています。
イエスの母というのは肉体があったときで、
今は地球上全てのものの「母」としてその愛の意識を私達に送っています。

『彼女は天国の領域に存在し、
彼女の愛と慈悲は全人類の上に流れ続けています。

信仰に関わらず、彼女はすべての人のために存在しています。
もし誰かが彼女に呼びかけるなら、必ず聞き入れられることでしょう』


~マグダラの書~

聖母マリアは、無条件の愛と慈悲の心で私達を癒します。
たとえそれを自分が感じられなかったとしても、求めれば送り続けてくれるのです。


マリアの愛が地球上に現れた場所は多く存在ます。
最も有名なのはフランスの「ルルドの泉」です。
不治と思われた病が治癒すると言う奇跡が続々と起こった泉。
14歳の少女を通じてこの場所を知らせたマリアは、
聖人になってからはこうやって人々に見える形でも愛を送っているのです。

Crystal breath

        マドンナリリーは聖母マリアの象徴。花言葉は「純潔」
Crystal breath


『聖なる母』でもう一つ、忘れてはいけない存在がいます。

それは、地球意識「ガイア」です。

私達人間は、過去何千年の文明で地球と共に生きる事を忘れてしまいました。
自然を破壊し、動植物を絶滅に追い込み、水と大気を汚し続けた結果、今があります。


それでもガイアは地球上すべての生物に惜しみなく愛を注いでいます。

動物は地球から食物を与えられています。
草であったり、実であったり、時には自然の摂理食物連鎖によって命を繋ぎます。
ただそこに存在する事を地球から許され、その存在が愛されているから命を繋ぐ糧を
与えれるのです。
そこにはただ無条件の愛のみが存在します。


私達人間は自分たちの欲で地球を破壊し続けます。
ですが、そんな人間ですらガイヤは生かしてくれているのです。
これはガイアの慈悲深さと無条件の愛のおかげなのです。

この地球が生み出したものによって、私達の生活は支えられています。
地球は今身の周りにあるすべてのものを生みだしました。
食べ物も、衣服も、家も、車も、何もかも全てです。
そして私達の魂の器となる肉体さえも生みだしてくれました。
人々を豊かに支えてくれているのはガイアなのです。


全てのものの母であるガイア。
この聖なる母がいなけれ、私達は魂の成長をする場所がありません。
無条件に豊かさを、愛を与えてくる聖なる母に感謝の気持ちを向けてください。

与えるものが、自分に与えられます。

聖なる母からの贈り物は、自分を幸せへと導くものが与えられますよ。




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ベルあなたのハートに愛と光をベル
自分の周りは、自分の心が創り出した世界ですね。
そして自分が出会う人は、自分を映し出す鏡です。

好感の持てる人もいれば、持てない人もいると思います。

自分を映し出す鏡なのに、どうしてそういう感情が起るのでしょう?

好感のもてる人というのは、自分の内側にある神性な部分を感じています。
逆に、不快感を感じる人やどうしても好きになれない、打ち解けられない人というのは自分の中にあるまだ自分でも気づいてないネガティブな部分を映し出しています。


そういうと大抵「自分には(苦手な人の)そういう部分はない」と反発されます。
その時点で、自分の中にある隠し持っている部分を受け入れない拒否体制に入っています。

自分にないものはこの世界に反映はされません。
ですから、苦手な人の持つ部分と言うのは、
必ず自分の何処かに「在る」のです。


そういった部分は、受け入れることが大変難しい部分です。
拒否してるのだから探すのも難しく、受け入れ許すことは非常に困難です。
真っ向から立ち向かい、向き合うには勇気がいるところでもあります。

自分の神性な部分を見せてくれる人に、人は惹きつけられます。
魅せられてしまうのです。

私達はこの世界で闇の中から光を見つけること、すなわち魂を向上させることを目的として転生しています。
既に光である部分に見惚れてしまっていては、そこで立ち止まってしまうのですね。

OSHOは言います。

荘子のような人は稲妻だ。

覚者は稲妻だ。私は稲妻だ。

私を見てはいけない、道を見なさい。

もし私を見たら、
あなたはすでに逃している――稲妻は一瞬の間しかつづかないからだ。

永遠が時間を貫く瞬間はめったにない。

それはまさに稲妻に似ている。

もしあなたがその稲妻を見たら、それはまさに稲妻に似ている。

もしあなたがその稲妻を見たら、
もしあなたが覚者の方を見たら――しかも覚者は美しい。

その顔は心を奪い、
その目は磁石のように引きつける――もしあなたがその覚者を見たら、あなたは道を逃している。

道を見なさい……道に従いなさい。



暗闇の中、道を見つけるのは困難です。
それは魂が成長するのも同じです。
光の部分に目を奪われず、常に闇の中から光を探す道を見なさいとOSHOはいうのです。



Crystal breath

        ピンクのアンスリウムの花言葉は「飾らない美しさ」
Crystal breath


神性な部分と言うのは、どんな人にも備わっています。
創造主の一部として生まれているのですから、誰にでもあるのです。

苦手な人に神性な部分を見出すことが出来たら…それは聖書で言う隣人愛のことです。

仏教でいう仏性も同じです。


一切衆生悉有仏性(いっさいしゅうじょうしつうぶっしょう)」

これは全ての生きとし生けるものには仏性が宿っている、
仏となりうる素質を持っているという教えです。

宗教上の言葉は違えど、私達には神や仏と同じく尊い部分があるのです。

そんな部分を他者に見出すのは、自分の中の部分を見つける事よりも遥かに難しいでしょう。
というのは、自分の中に見つけ出せてないものを他者に見出すことが出来ないからです。

苦手な人が表現してくれるネガティブな部分の裏側には、
自分が想像もしてない神性が隠されています。

だから先ず自分と向き合い、自分の中の神性なところを見つける。
そうすることで、他者の神性を見出すことが出来るようになるのです。




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クローバーあなたのハートに愛と光をクローバー