こんにちは、迦楼羅です。
 
とても感動した映画を何度も見ることってありますよね?
映画館に行かなくても、TVやレンタルなどで。
私も、過去同じ映画を映画館で何度か見るっていうのは
そんなに記憶がない。
 
なのに、見てきました。
 
 

 

しかも、行った日が元旦と1月の最後の日。

 

 

もともと西野亮廣オンラインサロンに入ってたから、

映画化前のイベントに行ったりもしてたのだけど

 

映画2回も行くとは思ってなかった(笑)

 

 

でも友達に誘われた時、全然嫌な感じなくて

ストーリーも好きだし

感動したポイントとか思い出して

 

あ~、

またあの感動味わえる~

 

って思い出しながら気分よくいたんです。

 

 
 
この映画は簡単に言うと星を探しに行く話だけど、
お父さんの言葉とか、
サラリと刺さるセリフ結構あるの。
 
そういのを思い出しながら。。。
 
 
 
 
この喧嘩の後から、自分の輪郭がハッキリ浮き出て
 
そうしたら自分のエネルギーに動きが現れ始めた先週。
 
 
ふと閃いたことを始めてみようと
 
必要なものを購入したり、知識のある人に頼んだり、
 
その全てが意味もなく楽しい気分。
 
 
そう、まるで子供のようにニヤニヤと含み笑いが出るほどに。
 
 
 
そうなるとエネルギーの変化は更に加速する。
 
 
 
そのタイミングで、2度目の映画。
 
 
 
2度目って、初見では感じ切れなかった
細かな部分に琴線が触れる。
 
 
 
常識という枠からの脱出、
 
他人の目を気にしない、
 
成し遂げる決意、
 
立ち向かう勇気、
 
 
 
大人になると忘れてしまうものに響くストーリー。
 
 
 
思い出すために2度目を見たのかもしれない。
 
 
 
今、やりたいなと思うことが湧いてきてるのだけど
 
それをやるにはかなりの勇気が必要だから。
 
 
 
でも何か、楽しいことが起こりそうな予感だけが
 
映画の余韻と共にあります。
 
 
 
 
迦楼羅

こんにちは、迦楼羅です。

 

昨日の喧嘩した記事、

喧嘩という出来事から自分のエネルギーが

大きく動いたことに気が付きました。

 

今まで自分の感情に蓋してたことも気が付かなったのが

ここ数年でいつの間にか蓋が取れてたんだと思う。

 

普通なら喧嘩になるような内容ではないのに

その内容と全然別のことを言いだして

 

私の事が嫌いだとか、

一緒に仕事したくないからやめればいいとか

 

話が噛み合わない状態で、私を批判するから

バッサリその批判を切り落としただけなんけど。

 

でも自己評価や自己価値が低いと

このバッサリ斬り落とすって出来ないよね。

 

 

 

 

怒り=悪いこと と潜在意識に深く植え付けてた私は

 

そこで怒り反論する自分の評価を

自分で下げようとして、

 

下げたくないから反論せずにいて

 

 

こじれまくり(笑)

 

 

 

だったんだけど

 

バッサリ斬り落とした瞬間、

 

自分のエネルギーが変わり

 

私という存在の輪郭がハッキリしたのを感じた。

 

 

 

自分にパワーが戻った瞬間!

 

 

 

失礼なことを言われて怒っている

 

という認識があり、

 

 

私の価値を相手の基準で評価させない、

 

という意思も腹の中にしっかりあった。

 

 

 

怒ってるんだけど、気分がいい!

 

 

 

怒りを認識して、行動に移すと

 

自分を守れた感覚で満足感があった。

 

 

 

相手は怒鳴りながらその場を去って行き、

その日一日陰口をあちこちで言ってたけど

 

 

何故か、そんな噂で会社中から嫌われても

 

 

 

わたしは宇宙に愛されてるっていう安堵感があって

 

 

 

気分が悪くなるようなことがあったら

いつでも会社辞めればいいわ~と思えてた。

 

 

 

これだけ自分の許可を出して、

怒りの感情も赦せたら

 

自分の輪郭ってほんとにハッキリと浮き上がるんだね。

 

わたしはこの浮き出た輪郭を

もっと大切に育てていこうと思ったよおねがい

 

 

 

迦楼羅

こんにちは、迦楼羅です。

 

先日、十年ぶりくらいに人と喧嘩をしました。

 

喧嘩って普段そんなにしない人と、

しょっちゅう誰かと喧嘩になる人がいるよね。

 

わたしはしない人の方でした。

 

 

これ、昨年気が付いたんだけど

喧嘩しない理由が二つあって、

 

一つは自己主張が上手くできないから。

 

もう一つは、スピリチュアルという枷があったから。

 

 

この枷の話は結構深く心に刺さってた棘で

自分がその状況を受け入れてしまっていたことにも気が付かないまま10年位過ごしてたの。

 

どんな枷かというと、

 

昔ある人に、

 

 

 

「お前ヒーラーならどんな事でも許せよ。」

 

 

 

と言われたのです。

 

その相手は詐欺まがいなことをしたので、

それをやめる様に怒って怒鳴った時に言われた一言。

 

 

 

ヒーラーは怒りを捨てなければならない

 

 

 

仏教系の悟りの話を教えられていた私は

 

 

怒り=悪いこと

 

という認識が刷り込まれていたから

 

 

 

言われた瞬間、言葉を飲み込んだ。

 

 

10数年前に流行ったスピリチュアルは

この考え方普通だったよ。

 

だから、感情を捨てるワークをしたり

心理学から紐解いたり

心に関する教えを学んだり。

 

 

でもこれ、結局感情に蓋をするだけなんだよね。

 

ワークでスッキリして許せても、

 

怒り=悪いことの認識があるから

 

怒りは湧くし、そいう現象も起きる。

 

 

 

本当はその怒りを感じ切ってあげることの方が

自分にとって、自分を大事にすることなのに

 

 

 

当時のスピリチュアル界隈の意識は

悟りの方向に向かうのが流れ?流行り?だったから

私もそれを受け入れてしまった。

 

でも本当は心の中で、

「悪いのは相手なのに?」という疑問があったのにね(笑)

 

 

この、 怒り=悪いこと

 

の意識になってる人はスピリチュアル界隈で

流行ったからという理由以外に、

親や学校の教育で埋め込まれた人も多いと思う。

 

特に50代以上の方。

 

自分の怒りの感情に蓋するの得意な世代だよね(笑)

 

蓋するの得意だから、蓋してることにも気づかず

自分が苦しむ結果になったりね。

 

 

これ、変化を起こすのが下手な世代の集合意識だと思う。

 

 


私も無意識の中で植え付けてたから

喧嘩になった時自分が一番驚いたよ。

 

 

でも頭は冷静で、

 

今怒ってると気が付きながら、怒りを表に出してた。

 

枷が外れた瞬間なのも解ってた。

 

 

すると体がとってもラクでスッキリしてるんだよね。

 

 

 

今までは怒りに蓋をしてたから、

 

怒りが湧いた瞬間に身体が震えてたの。

 

手がブルブル震えることもあった。

 

 

身体は反応してるのに、

無意識に「怒りを表してはいけない」と蓋をするから

気分もずっと悪い。

 

 

この違いはとても大きいエネルギーの違い。

 

 

エネルギーの使い方を変えたから、

起きる現象も変化が起こりだしました。

 

その話は次回に。

 

 

 

迦楼羅