うちの娘は東京で暮らしてるのですが、
来週帰れそうだったら大阪に帰ろうかなって
昨日LINEがありました。
「ママに会いたい」
この一言が一瞬で
自分の中にまだ残っていた
無価値感を葬り去ってくれたの。
わたしは高校生あたりから
親に会いたいって思ったことがなかった。
無価値感を存分に味わわせてくれた存在だから、
いまならその理由も生まれる前の計画って解るけど
当時は全然知らなかったし。
だから
誰かに会いたいと思って貰えるって
もうそれだけで
全てに価値があるんだって
腹の底から気が付いた。
今頃?(笑)
大きな出来事から気づく
無価値感とは
全く別の
とっても豊かな気づき![]()
気づいたと同時に
溢れるくらいの愛も感じた![]()
無価値感に気づいた時って
大抵の人が
エネルギー動くので脱力するけど
今回の気づきはパワーに溢れてたよ![]()
昨日書いた、気づきの更に奥を
また体験した感じ。
そしてその流れなのか
ふと気づいた。
それは閃きのように降りて来た。
自分の行動の全ての奥に隠された罪悪感![]()
食事をするのも、お茶を飲むのも、
ブログ書くのも、お風呂に入るのも、
写真を撮るのも、出かけるのも、
その全ての奥の奥に罪悪感が潜んでいると!
大きな出来事の中で見つける罪悪感って、
例えば親に対しての感情の裏にあるものとか
そういうのとはまた別の罪悪感。
こっちが根源だ!
閃きって、門の中に人って書く。
これは、真理の門の前に立ったことだと思うの。
証拠はないけど確信がある。
地球で何かをすることに
全部罪を感じるように設定してきてる。
だからジャッジが生まれ、
嫉妬が芽生え、
正当化する気持ちが生まれる。
↑
ここから争いが生まれる。
キリスト教の原罪は、
はるか昔に宇宙人に植え付けられた
罪の意識が
人祖の罪を負ってるからという解釈で
伝わってるけど、
そうじゃなくて、
ただ今までの転生の中で
自分が使い続けた周波数。
そして、それを見つけることは
地球を楽しむためにしなかった。
だけ(笑)
持っている罪悪感という周波数を
どう使ってきたかは
個人の人生によるけど、
根源から外すこと意図してみてください☆
わたしもさっき外したけど
一瞬で寝落ちしそうになるほどの
睡魔に襲われるくらい大きかったよ(笑)
かるら
