・メガラの自己犠牲
ディズニー長編アニメの『ヘラクレス』。
神ゼウスの子として生まれたヘラクレスが、
冥界の王ハデスの策略によって人間界で育ち、
数々の試練を越えて、神に戻るお話ですね。
この物語のプリンセス 『メガラ』。
彼女はとっても純真な女性なんですが
その純真さから自分を犠牲にしていまいます。
メガラには恋人がいたのですが
その恋人を助ける為、
冥界の王ハデスに自分の命を預け
恋人を助けて貰います。
ですがその恋人は、他の女性と恋に落ち
メガラを捨ててしまう・・
ハデスに命を握られたまま
残されたメガラは
男性不審になってしまいます。
可哀想なメガラ。
と、一般的には思うのだろうなぁ。
自分の命と引き換えにして捨てられたのだから。
純真さは時に自己犠牲に変貌してしまう。。
誰かの為に自分を犠牲にしても
結果は報われませんね。
もし、恋人がメガラと一緒にいたとしても
ハデスに命を握られてるのですから
真の幸せとも言えない。
こうやって、「誰かの為に」と言う
自己犠牲って
アニメーションの世界じゃなくても
よくあることです。
子供の為、パートナーの為、親の為、会社の為・・・
自分が犠牲になっていれば
それでみんな幸せになれるのか?です。
誰かの為に言いたいことを我慢する
誰かの為にやりたいことも我慢する
誰かの為に自分の時間を使う
誰かの為に、誰かの為に、誰かの為に・・
全然自分は幸せじゃないよね?
自分を犠牲にして、
自己価値を見出したり
承認欲求の穴埋めしたり
罪悪感から逃れようとしてるだけなの。こういった愛の形は、条件付きの愛でもある。
アニメの中でメガラはもう一回、
自分が犠牲になるシーンがあります。
ハデスがオリンポス神殿を破壊して
その柱がヘラクレスに向かって倒れてきたとき、
メガラはヘラクレスをかばって
柱の下敷きに。
この犠牲と、
ハデスに命を預けた犠牲、
全く違う犠牲の形なのです。
どちらも好きな人を助けたい思いなのだけど、
ヘラクレスをかばった時は
条件づけていない。
自分が身代りになるとかじゃなく、
助けたい気持ちが体を動かしただけで
結果、柱の下敷きになってしまった。
よくドラマなんかで
子供が車にひかれそうなところで
子供を庇って飛び込んだ母親が
事故に会う・・
それと同じ。
咄嗟の時って思考は働かないでしょう?
そこには条件なんてないの。
単なる結果として
犠牲になったように見えるだけ。
自己価値の為でも、
認められたいからでも
そうしないといけないからでもない。
無条件な愛の形。
死の淵にいるメガラは後悔してないのです。
二つの犠牲、違うでしょう?
犠牲という形はあっても
奥にある自分の思いが何かで
幸せかどうかは変わります。
どうせなら、
自分が後悔しない「愛」で
人を愛したほうが幸せですよね。
アニメのラストは死の淵から
ヘラクレスに助けられ
ちゃんとヘラクレスと結ばれますよ。
(ここがディズニー映画らしいシーン・笑)
ご覧いただきありがとうございます。
あなたのハートに愛と光と祝福を。
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