最近よくこの言葉を耳にしたのですが、
もし自分が誰かの邪魔になると言われたらどう感じるでしょうか。

よくあるのが、親が子供にいうパターン。
「邪魔だからむこうに行ってなさい」
一度くらい言われた経験ある人は多いでしょう。
それよりも酷い状況で言われてる人もいます。
親が自分の人生が上手く行かない理由を子供のせいにする時。

こういった経験はインナーチャイルドに問題が残ります。
子供の頃にこういった経験をすると、
生きる希望が失われ、自己喪失感や無価値感、無意味感、劣等感、
自己存在の否定などが残るので何をやっても上手くいかない人になります。


では大人になって言われたらどうでしょう。
腹が立って喧嘩になるか、その言葉に傷つくか・・
どちらにしてもいい気分は残りませんよね。
大人は子供の頃より思考も感情も発達してるので
ある程度聞き流せたりできますが、やはり色んなマイナスの感覚は残ります。

確かに二人でやるより一人の方がはかどる時はあるし
子供がいると危ない場合などついつい邪魔と言ってしまうかもしれません。
だけどその言葉を受け取った方は心が傷ついてしまうのです。

自分のやってることを邪魔されたと感じるのは、
自分自身に責任を持てないからです。
人生には色んなハプニングがあり、それは全て自分が創り出しているのに
それを他者のせいにして邪魔者にしてしまうのです。

でもね、もしその人がいなかったら成功するんでしょうか?

企業なら、戦略を邪魔された時点で別の規格をしたり
次の戦略を考えますよね。
それが出来ないところは「邪魔された」を理由に負け商戦です。
それ以前に、そういうことも踏まえて戦略を立てるからこそ生き残れるんじゃないですか。
人生も同じだと思うのです。
人生に起こるイベントが何があるか解りませんが、それがあって自分の人生。
誰かが邪魔で出来ないなんて事はないのです。
自分の中に問題があるのに、色んな理由をつけて他者のせいにしてるだけなのです。

「邪魔」と言う字は
邪=よこしま 正しくないこと・道に外れること
魔=ま 人の心を惑わす悪鬼や災いをもたらす魑魅魍魎(ちみもうりょう)
という字から成り立ってます。


人は悪鬼でも魑魅魍魎でもありません。
魂と言う光を持った存在です。
その光が人生の経験で曇っていたり、
邪気と言うベールに包まれていても
内側は光がちゃんとあります。
だから「邪魔」な存在はいないのです。

人を邪魔者扱いする、自分の感情が「邪魔」なのです。


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