釈迦が弟子にいいました。

「托鉢に回るなら、お金持ちではなく貧乏な人のところを回りなさい。」

釈迦の弟子は驚きました。
裕福な人の所を回ればいいのにと、弟子じゃなくても考えますよね。

寺社や僧侶、貧者に金品を寄付することを「喜捨」と言います。
これは惜しむ心なく喜んで財物を施捨することです。

貧乏だと思う人は喜捨が出来ないから貧困から抜け出せないと釈迦は言いました。
彼らは人に物を分け与える喜びを知らないと。

人に何かを与えた時、自分は分け与える喜びを知り、
分け与えられた者に生まれる信用を得ることができます。
信用を得る喜びも知ることができます。


貧乏を理由に施しをせずにいれば、彼らは喜びを知ることはないでしょう。
だから彼らを救うためにも、托鉢は貧乏な人の所に行くようにお弟子に伝えたのです。

先ず自分から何かを与える。
そうすることによって、自らに与えられる(喜び)というのは
宇宙の法則の一つ「与えたものが自分に与えられる」ことと同じです。


貯め込んでいたり、出し惜しみをしていては、
自分には何も戻らない事を 釈迦は知っていたのですね。

お賽銭やお布施にもそのような事を教える意味があります。
賽銭は願いが叶った時の感謝の印として神仏にお供えする意味もありますが、
その「お願い」のときにも賽銭をお供えしますよね。
まず先に清らかな心で喜捨することを教える意味があるのです。

Crystal breath

              アルメリアの花言葉は「思いやり」

Crystal breath


「与えたものが与えられる」という法則は、お金や物に関する事だけではありません。

人間関係も同じです。

人は、愛が欲しい、愛して欲しいと思う心があります。
愛が欲しいのならば、先に愛を与えることが大切です。
でも愛の与えかたって解りにくいですよね。

「一期一会」と言う言葉があります。

茶の湯の教えを説いた言葉で、
「一期」は一生、「一会」は一度の出会いという意味です。
「人の出会いは一度限りの大切なもの」という意味で使われますね。

茶の湯の教えでは、
「たとえ何度の茶会を開いても、
この茶会と同じ茶会は二度と開くことは出来ないから、
常に人生で一度きりのものと心得、
相手に対して誠心誠意を尽くしましょう」という意味で用いられたそうです。

同じメンバーで会うことはあっても、「今」と言うこの時間は一度きり。
その人達と過ごすこの時間は二度と戻ってこないから、
悔いなく大切にするという心です。

愛が欲しいのなら、その人との時間を悔いなく大切にする。
相手の事を思いやり、自分の出来る誠心誠意を尽くす。

例えばそれが、相手に対する最高の笑顔だっていいのです。
赤ちゃんはいつだって笑顔を与えてくれますよね。
それを見れば幸せな気持ちになるでしょう?
そしてこちらも思わず笑顔になりますね。

それが「愛を与える」なのです。

愛を出し惜しみしていては、いつまで経っても愛は与えられません。
愛は貯め込んでも増えることはないのです。
ケチらずにどんどん与えましょう。
一つ二つと与えるうちに、より多くの愛が自分のもとにやってきますよ。





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ドキドキあなたのハートに愛と光をドキドキ