「倫理にあらず」とネットで検索すると、
間違いなく「不倫」のことが書かれている記事がヒットします。
倫理とは、
人として守り行うべき道。
善悪・正邪の判断において普遍的な規準となるもの。
道徳。モラル。
と辞書では説明されています。
倫理とは誰が決めた倫理なのでしょうか?
人は生きていく上で互いの尊厳を守るために必要なルールを作り上げてきました。
小さな集団から大国へと人が増える度に、そのルールはより細かく複雑になっていきます。
それが道徳だったり、法律となっていきました。
日常的なことから結婚、社会の仕組みに到るまであります。
そして一般的にはこれを「倫理」の基準にしていますね。
男女における不倫は「倫理ではない」ので悪い事だとも書かれています。
では、神が決めた倫理とはどう言うことでしょう?
その前に、神は不倫をどう見ているのでしょう。
キリスト教では姦淫は罪だし、仏教では破滅への門だと言われます。
ですが、キリスト教の以外の宗教や、宗教信仰のない土地では
一夫多妻が当然のルールだったりします。
イスラム教は4人まで妻帯可能です。
仏教が日本に伝わったのは大和朝廷のころですが、
それより後の平安時代までは通い婚だったり、一人の男性が幾人もの妻を持つのが普通でした。
一夫一婦になったのは明治の頃です。
罪で破滅への門であるなら、イスラム教とも昔の日本人も
「トンデモナイ」人だらけということです。
紫陽花の花言葉は「移り気」
旧約聖書の創世記にアダムとイヴの話があります。
楽園を追放された二人は別の土地で子孫を増やしますが、
その子孫の一人に「レメク」という男性がいます。
彼は二人の妻(アダとチラ)をめとります。
そしてどちらにも子供が生まれます。
アダの子供は家畜を飼う者の先祖になり、
チラの子供は琴や笛を執るすべての者の先祖となりました。
このとき神は何も罪を背負わせたりはしていません。
更に続く子孫の「アブラム」には「サライ」という妻がいましたが
子供が出来なかったので自分のつかえめの「ハガル」を第二の妻にしてもらいました。
ハガルはアブラムの子(イシマエル)を生みますが、
同時にサライを見下げるようになります。
怒ったサライはハガルに辛く当たり、ハガルは逃げ出すのです。
その後サライは神の予言に沿って子(イサク)を生みます。
アブラムの二人の妻は、互いの立場で諍いを起こしています。
神はこの事を喜んではいません。
何故なら、イシマエルの子孫は今のアラブ人。
イサクの子孫はユダヤ人なのです。
今の中東戦争を繰り広げている民族です。
何千年も前から、仲良くなれないような罪が背負わされているのです。
『倫』という字は
同列に並んだ仲間。
人間どうしのきちんと整理された関係。
すじみち。きちんと整った順序。
という意味があります。
レメクの二人の妻や子供に罪が無く、
アブラムの二人の妻と子供に罪があるのが何故だか解りますか?
レメクの二人の妻は、互いの立場を弁えていますが、
アラブの二人の妻は争そいを起こしていますね。
自分が先に子を生んだから、自分の方が立場が上になるのでしょうか。
子を産めない妻は見下されるに値しますか?
人は誰でも平等ですよね。
それを忘れて「やられたからやり返す」の精神では
調和もなければ、互いの尊重や理解もありません。
欲とエゴに支配された感情だけがあるのみです。
神が言うところの「倫理にあらず」とは、
自分の立場や欲から生まれることで争いをもたらすことなのです。
幾人もの妻をめとり、複数の男女関係が不倫(倫理にあらず)だとは、
神が決めたことではないのです。
ご覧いただきありがとうございます
あなたのハートに愛と光を
間違いなく「不倫」のことが書かれている記事がヒットします。
倫理とは、
人として守り行うべき道。
善悪・正邪の判断において普遍的な規準となるもの。
道徳。モラル。
と辞書では説明されています。
倫理とは誰が決めた倫理なのでしょうか?
人は生きていく上で互いの尊厳を守るために必要なルールを作り上げてきました。
小さな集団から大国へと人が増える度に、そのルールはより細かく複雑になっていきます。
それが道徳だったり、法律となっていきました。
日常的なことから結婚、社会の仕組みに到るまであります。
そして一般的にはこれを「倫理」の基準にしていますね。
男女における不倫は「倫理ではない」ので悪い事だとも書かれています。
では、神が決めた倫理とはどう言うことでしょう?
その前に、神は不倫をどう見ているのでしょう。
キリスト教では姦淫は罪だし、仏教では破滅への門だと言われます。
ですが、キリスト教の以外の宗教や、宗教信仰のない土地では
一夫多妻が当然のルールだったりします。
イスラム教は4人まで妻帯可能です。
仏教が日本に伝わったのは大和朝廷のころですが、
それより後の平安時代までは通い婚だったり、一人の男性が幾人もの妻を持つのが普通でした。
一夫一婦になったのは明治の頃です。
罪で破滅への門であるなら、イスラム教とも昔の日本人も
「トンデモナイ」人だらけということです。
紫陽花の花言葉は「移り気」
旧約聖書の創世記にアダムとイヴの話があります。
楽園を追放された二人は別の土地で子孫を増やしますが、
その子孫の一人に「レメク」という男性がいます。
彼は二人の妻(アダとチラ)をめとります。
そしてどちらにも子供が生まれます。
アダの子供は家畜を飼う者の先祖になり、
チラの子供は琴や笛を執るすべての者の先祖となりました。
このとき神は何も罪を背負わせたりはしていません。
更に続く子孫の「アブラム」には「サライ」という妻がいましたが
子供が出来なかったので自分のつかえめの「ハガル」を第二の妻にしてもらいました。
ハガルはアブラムの子(イシマエル)を生みますが、
同時にサライを見下げるようになります。
怒ったサライはハガルに辛く当たり、ハガルは逃げ出すのです。
その後サライは神の予言に沿って子(イサク)を生みます。
アブラムの二人の妻は、互いの立場で諍いを起こしています。
神はこの事を喜んではいません。
何故なら、イシマエルの子孫は今のアラブ人。
イサクの子孫はユダヤ人なのです。
今の中東戦争を繰り広げている民族です。
何千年も前から、仲良くなれないような罪が背負わされているのです。
『倫』という字は
同列に並んだ仲間。
人間どうしのきちんと整理された関係。
すじみち。きちんと整った順序。
という意味があります。
レメクの二人の妻や子供に罪が無く、
アブラムの二人の妻と子供に罪があるのが何故だか解りますか?
レメクの二人の妻は、互いの立場を弁えていますが、
アラブの二人の妻は争そいを起こしていますね。
自分が先に子を生んだから、自分の方が立場が上になるのでしょうか。
子を産めない妻は見下されるに値しますか?
人は誰でも平等ですよね。
それを忘れて「やられたからやり返す」の精神では
調和もなければ、互いの尊重や理解もありません。
欲とエゴに支配された感情だけがあるのみです。
神が言うところの「倫理にあらず」とは、
自分の立場や欲から生まれることで争いをもたらすことなのです。
幾人もの妻をめとり、複数の男女関係が不倫(倫理にあらず)だとは、
神が決めたことではないのです。
ご覧いただきありがとうございます

あなたのハートに愛と光を

