私達の心というのは、どんな悩みであろうと問題であろうと
その全ての答えを持っています。

自分に起きた問題や苦しみは、自分が創りだした現象であり
そこからどう学ぶべきかをちゃんと知っているのです。

だから自分の心を見つめれば、自ずと自分が進むべき道、
問題の解決策はあるのです。


ただ表面化される感情や思考がベールをかけ、
なかなか心を見つめることはできません。

自分が「本心」だと思っていることですら、
エゴが邪魔をしている恐れに基づいた思考だったりします。


本心というのは、自分が思うよりももっと深く奥に秘められているのです。

例えば、相手を許したり、何かを受け入れる時には
この心を開かなければそれが出来ません。
ですが、そう簡単に心って開いてくれないのです。

だから人は心を開く為に、そうなる為の知識をつけようとします。
きっかけが何であれ、お話しを読んでくれてるのは
どこかに「もっと幸せになる」という思いがあるからだと思います。

ですが、心は知識では開きません。
智慧が心を開くのです。


Crystal breath-ぱーぷるだいや


人の脳は実はとてもお利口で、一度経験したことを覚えています。
人から聞いた話や、読んだ本の内容ですら記憶の倉庫に隠しています。

そして、それが必要な状況に出会うと記憶の倉庫から取り出します。
そんな時「あっ!」と、その内容自体を思い出せなくても
なんとなく心に響いたり、その状況がどういうことを意味するか感じるのです。

それが「腑に落ちる」ということ。

腑に落ちるとは、頭で理解することではありません。
腹で解るのです。

腑とは五臓六腑の
「腑」なのですょ!

この腑に落ちる感覚が、心を開きます。
それが叡智となるのです。

叡智を得るために知識は確かに必要です。
無いよりはある方が、断然心を開きやすいと思います。
それが心を開く鍵の役目になるのですから。

ですが、知識を詰め込もうと丸暗記するように覚えてみた所で
単なる頭での理解であり、心は開いてないから本質はわからないのです。
だから、進むべき道や解決策を見つけ出すことはできません。

よく「納得した」と言いますが、それは頭で理解出来ただけのこと。

腑に落ちる感覚は、納得という感覚以上に「解る」という感じが鮮明です。
ことばで表現するのも難しい感覚で、でもそれが「解る」のです。

知識から叡智へ。
心を開くためのステップはいつか必ず訪れます。

そんな時の鍵になるものを、丸暗記して頭で納得する必要はありません。
必要な時にちゃんと鍵は表れるのですから。

鍵で心のドアを開いた時、しっかりと自分の心を見つめれば
自ずとハートは開いてくるのです。




音譜あなたのハートに愛と光を音譜