真実の結晶 -104ページ目

真実の結晶

真実の体験をお伝えします!気づいて下さい!
あなたはもともとパーフェクトだと言うことを♪

あなたは悟るとどんな状態になるか興味をお持ちでしょうか?では、簡単ではありますがどんな状態になるかと言うと、(もし完全に悟ることが出来たら)肉体を含め全てが自由になり、この世が全て幻影である悟ります。

では、悟るためのステップとは?

簡単に説明すると、まずは思考を思考ととらえないことです。人間は頭脳で考え答えを出すことが普通です。しかし、思い浮かぶことをただ見ることにより思考と言うレッテルを張らないことで、今までつちかってきたの観念や想念を全て崩壊させてしまいます。そのことを超えると、頭脳のセンターの完成(精神的な柱)となり中心のセンターに落ていきます。

次に、感情を超えて感性を鋭くし(アストラル・ワンネスの体験等)それを完全に超える(アストラルボディの完成)とハートのセンターの完成となり、これもまた最後の中心のセンターに落ちます。この二つの柱が整い始めて、家でいうなら屋根をつけることが出来ます。バランスがとれていないと屋根はつけることは出来ませんよね。

よく、観念の浄化などをして頭脳のセンターを完成させる人もいますが、これは1つの柱であり、まだ完全なる悟りの完成ではありません。その理由は、もし、とてつもない痛さがあなたの身体に来たらどうしますか?それは、観念の浄化などでは治すことは出来ないのです。ですから、もう1つのハートのセンターの完成である自分自身の霊的なボディあるアストラルボディを知り、体験して意識をその霊的なボディに移行する必要があります。

この精神的な柱と霊的な柱の二つの柱が完成して、その後中心のセンターで直感を磨き、全てが幻影だと認識し安定すると完全なる悟りの状態がやってきます。あなたは、ラマナ・マハルシが肩のガンの末期の時に(普通だとかなり肉体的に苦しむのですが)帰依者が訪ねてきてラマナは「私の状態を見てどう思うか?」と聞き、帰依者が「私は痛くありませんがラマナの肉体は痛たそうに見えます」と答えるとラマナは「私は君が見ているように見えるのだよ」とお答えたそうです。

そう、ラマナは自分の意識を肉体ではなく完全にアストラルボディに意識を移行していた(ニルビカルパ・サマディの状態)のでこのような回答になったのです。恐らくラマナの肉体は傷んでいたが肉体に意識がない限り痛くなかったのでしょう。これでおわかりのように、精神的な柱だけでもダメですし、また霊的な柱だけでも完全な悟りは成り立ちません。あなたも自分の状態が聞きたい思いはあるでしょう。しかし、これ以上細かい部分はお話し出来ないのは残念です。

 


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あなたは反応と感応の差がわかりますか?簡単にいうと考えているか?ハートで感じているか?の差です。では、詳しく説明すると「反応」とは過去のデータを使い判断することです。例えば、小さい時にお母さんがバラの花を見て「これとても綺麗!」と言っていたことを、あなたが覚えていたとします。そうすると、あなたの頭のデータの中ではバラの花は綺麗だとインプットされているので、バラの花を見るとおもわず「綺麗だ!」と反応します。では、「感応」とは本当に生まれて初めて体験し感動することです。

あなたも思い当たることがあると思います。私も小さい頃、兄がシイタケ嫌いで彼は常々「こんな気色悪い食べ物ではない!」と言っていたので弟の私も同じ反応をしていて食べることが出来ませんでした。しかし、ビジネスマンの時にある出張で先輩に進められて気を使い一口焼いたシイタケを食べたところ「うまい!」と思ったのです!そう、これこそが生まれて初めての体験であり感応なのです。

では、これを覚醒に例えると反応は頭脳のセンターを使い、感応はハートのセンターを使うと言うことです。実は、悟りにスタートする人たちに中で頭脳のセンター優位の人とハートのセンター優位の人とわかれます。これは一概に言うことは出来ませんが、頭脳のセンターは思考優位でかなりストイックに全てのことを思考と体験でひとつ残らずつぶしていくことで腹のセンター(中心のセンター)に落とすことが出来ます。また、ハートのセンター優位の人は全てにおいてただ感じること腹のセンターのに落としていきます。

あなたはどちらのタイプですか?ただ、いくら思考で中心のセンターにいこうともハートのセンターから中心のセンターにいこうとも、その後、中心のセンターでどうするかで安定出来るかは決まってきます。短いブログでは書くことは出来ませんし、各人によってそのプロセスが違いますので、これ以降はあなたの信頼するグル(指導者)にお聞きください。ただその体験をその指導者が知らなければそれを聞くことが出来ませんが・・・

 


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よく「あるがまま(明け渡し)状態は、わがままな状態とはどう違うのですか?同じようですが、本当に何をやってもいいのですか?」という人がいます。これは、勘違いしそうなところですよね。

では、どこがボーダーラインなのでしょうか?

それは「わがまま」は周りの言うことを聞かずに(周りを)振り回しエゴを満足させることで「あるがまま」は全てがプログラム通りだと完全に認識して、自然に起こるべきして起こることにジャッジすることなく(起こることに)全て任せきるとことです。

このことについて
Oshoが説いている箇所がありしたのでシャアします。

「タントラにおいては、自然なことがもっとも大いなる価値だ。ただ自然であること、自然が起こるに任せること。その邪魔をしたり、妨げたり、逸(そ)らしたり、することなく、それ自身が向かってもいない別の方向を取らせたりしないこと。自然に明け渡し、共に流れること。川を押すことなく、共に行くこと。どこまでも、それが向かうところに・・この信頼がタントラだ。
OSHO

どうでしょうか?自然に怒りたい時には怒る、笑いたい時は笑う、泣きたい時は泣くと言う感情を、それが全てプログラム通りの行動であると完全にわかっていればいいですが、「あるがまま」だから「何をやってもいいんだ!」はエゴが言い訳しているにすぎません。間違いやすいですが、明け渡し(あるがまま)とわがままと勘違いしないでくださいね♪


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