Oshoの「ボーディダルマ」と言う本があります。その中で皇帝とボーディダルマの覚醒に関する大切なやり取りがありました。長文ですが最後まで読んでみてくだい。きっと、全てがプログラム通りで心(思考の集積所)はないことに気づくはずです。ではシェアしますので最後まで読んでみて下さい。
Osho:この人については多くの伝説があり、それらのひとつひとつがなんらかの意義を持っている。最初の伝説だが、彼が中国に到達したとき…それは三年もかかる長旅だった…中国の武帝が彼を出迎えにやって来た。ボーディダルマの名声は本人よりも先に届いていた。武帝は仏陀の哲学のために最大の奉仕をしていて、何千人もの学者たちが仏教の経典をパーリ語から中国語に翻訳していたが、皇帝はそのすべての翻訳事業のパトロンだった。
何千もの寺院と僧院を建立し、何千人もの僧侶を養っていた。彼は仏陀に奉仕するために全財産を投じていた。当然のことながら、ボーディダルマよりも以前に到着していた仏教僧たちは、「あなたは、大いなる徳を積んでいるのだから、天上に神として生まれ変わることが できるでしょう」と武帝に進言していた。そんなわけで彼は、ボーディダルマにまずこう切り出した。「私は多くの僧院を建立し、何千人もの学者を養い、仏陀の教えを学ぶための総合大学も開設しました。私は自分の全帝国と全財産を仏陀への奉仕のために捧げています。 どのような果報を受けることができるでしょうか?」皇帝は、ボーディダルマを見て少し戸惑いを覚えた。こんな人だとは思ってもみなかったのだ。その顔つきはひどく恐ろしそうだった。きわめて大きな目をしていたが、その実、ハートはごく柔和だった…ハートに蓮の花が咲いているかのようだった。だが、彼は想像しうるかぎりの凶暴な顔つきをしていた。足りないのはサングラスだけで、もしサングラスをかければ、まさにマフィアの顔つきだった!
武帝が恐る恐る尋ねると、ボーディダルマはこう言った。「いや、果報などあるはずがない。 それどころか、地獄の底まで落ちることを覚悟しておきなさい」皇帝は尋ねた。「しかし、 私はなにひとつ誤ったことはしておりません…なぜ地獄の底まで落ちねばならないのですか?私は仏教僧に言われたことならすべてやってきました」ボーディダルマは言った。「自分自身の声を聞くようにならないかぎり、誰もあなたを助けることはできない。仏教徒であろうとなかろうと。あなたはまだ自らの内なる声を聞いていない。聞いていたなら、こんな愚かな質問はしなかっただろう。仏陀の道には果報などというものはない。なぜなら、果報を求める欲望そのものが貪欲な心から来ているからだ。仏陀の教えのすべては無欲であることの教えだ。心の欲望からこれらのいわゆる善行を為し、寺院や僧院を建立し、何千人もの僧侶を養ったなら、あなたは地獄行きの道を自分で準備していることになる。だが、これらのことを喜びから、自らの喜びを帝国のすべての者たちと分かち合うためにやり、しかも 果報を求める欲望などみじんもなかったら、その行為そのものが果報になる。そうでないとしたら、あなたはことの要点をすっかり取り逃がしている」
武帝は言った「私の心は思考でいっぱいです。私はこれまで心の安らぎを得ようとしてきましたが、うまくいきませんでした。しかも、これらの思考やそれが立てる騒音のために、あなたが内なる声と呼ぶものを少しも聞くことができません。私はそれについては、なにひとつ知らないのです」するとボーディダルマは言った。「それならば明朝の四時に、護衛をつけずに
たったひとりで、私が滞在することになっている山の寺まで来なさい。あなたの心を永遠に安らかにしてあげよう」この男はなんと礼儀知らずで粗暴なのだろう、と皇帝は思った。これまで多くの僧に会ってきたが、みんな非常に礼儀正しかった。しかしこの男は、相手が大帝国の皇帝であろうがまるっきりおかまいなしだ。それに早朝四時の暗いなか、たったひとりで彼に会いに行くなんて…。それだけではない、この男は危険きわまりないように思える……いつだって手にはあの長い棒を握りしめている。皇帝は一晩中眠ることができなかった。「行くべきか、行かざるべきか?あの男ならなにをしでかすか知れたものではない。まったくあてにならないように見えるからな」
だが、彼はそう思う一方で、ハートの奥底ではこの男の誠実さを、彼が偽善者でないことを感じていた。相手が皇帝で自分がただの乞食坊主であることなどちっとも気にかけていない。その振舞いはまさに皇帝であり、あの男の前では自分の方が乞食のように感じる。それに「あなたの心を永遠に安らかにしてあげよう」と言ったときの、あの自信に満ちた態度……。「不思議なこともあるものだ」と皇帝は思った。「インドから来た多くの賢者たちに尋ねてみたが、彼らときたら私に技法やテクニックしか教えてくれなかった。私はそれを実践してみたが、なにひとつ起こりはしなかった。ところがこの不思議な男は、ほとんど気違いか 酔っぱらいのようにしか見えないし、あの大きな目の奇異な風貌ときたら、人に恐怖感すら与える…。だが、彼は誠実そうにも見える…彼はまるで野生の生き物のようだ。危険を冒すだけの価値はある。彼にできることといったら、せいぜい私を殴り殺すことぐらいのものだ」とうとう、その…「あなたの心を永遠に安らかにしてあげよう」…という誘惑は抵抗しがたいものとなった。武帝は、約束していた早朝四時の暗闇のなか、たったひとりでその寺に到着した。ボーディダルマは石段のすぐ上で棒を手にして立っていた。彼は言った。「あなたが来ることはわかっていた。一晩中、行くか行くまいかと心のなかで迷っていたのだろう。 あなたはそれでも皇帝かね…なんとも臆病な男だ。この世に持つものといって杖一本しかない、貧しい乞食坊主を恐れるとは。さあ、この杖であなたの心を静めてやろう」
皇帝は考えた。「やれやれ、杖で人の心を静めるなんて聞いたこともないぞ!この男ならやりかねない。頭を一撃して息の根を止めてしまうかもしれない…心を静めるどころか、心の持ち主がおしまいになってしまう。だが、もう引き返すには遅すぎる」ボーディダルマは言った。「この境内に座りなさい」あたりにはまったく人影がなかった。「目を閉じなさい。私はあなたの前に杖を持って座っている。あなたの仕事は心を捕まえることだ。目を閉じて、 心を探しに
内側へ入ってゆきなさい…それはどこにあるか。それを捕まえた瞬間、すぐ私に言いなさい『ここにあります』と。残りの仕事はこの棒がやるだろう」それは、かつて真理や安らぎや静寂を探し求めた者が誰も経験しなかったような、まったくもって奇妙な体験だった…だが、今やほかに取るべき道はなかった。ボーディダルマが自らの言質に違わぬ男であることを知りつつ、武帝は目を閉じて座った。武帝はあらゆるところを探してみたが、心はどこにも見つからなかった。杖はその役目を果たした。彼は初めてそんな状態を体験した。なにしろ心が見つかったら、あの男が杖でなにをするかまったく見当もつかない。それにこんな静かな山のなか、独自のカリスマを持ったこの男、ボーディダルマの臨在のもとでは……。光明を得た多くの人々がいたが、ボーディダルマはエベレストのように独り孤高にそびえ立つ。その振舞いのひとつひとつが独自でオリジナルだ。そのしぐさのひとつひとつが彼ならのものであり、借りものではない。
武帝は懸命に心を探したが、今や初めて心というものを見つけることができなかった。それはちょっとした策略だ。心(マインド)が存在するのは、あなたがそれを一度も探したことがないからだ。心があるのは、ひとえにあなたがそれに醒めていないからだ。それを探したなら、あなたはそれに醒め、そしてその〈気づき〉が確実に心の息の根を止めてしまう。何時間もたって、涼しい風が吹くなか、静かな山中に陽が昇ってきた。ボーディダルマは武帝の顔にまるで彫像のような安らぎを、穏やかさを、静けさを見た。皇帝の肩を揺さぶると、彼はこう尋ねた。「ずいぶん時間がたった。心は見つかったかね?」武帝は言った。「棒を使うこともなしに、 あなたはすっかり私の心を静めてしまいました。心などありませんし、それに私はあなたの言っていた
内なる声を聞きました。今なら私にもわかります。あなたの言ったことはすべて真実でした。あなたはなにもせずに私を変えてしまいました。今の私には、それぞれの行為そのものが果報でなければならない、ということがわかります。そうでなかったら、それをやってはいけないのです。果報を与えてくれる人などいるでしょうか?それは子供じみた考え方です。罰を与える人などいるでしょうか?行為が罰でもあり、また果報でもあるのです。人は自らの運命の主人なのです」
ボーディダルマは言った。「あなたは希有な弟子だ。私はあなたに愛を感じるし、敬意を覚える。皇帝としてではなく、それほどの勇気を持った人として。たった一度座ることにより それほどの気づき、覚醒の光をもたらし、心のすべての暗闇を消し去った」武帝は彼に宮殿に来るように勧めたが、ボーディダルマは言った。「そこは、私のいるべき場所ではない。 私が野生の人間であることは、おわかりだろう。この私ですら、自分のすることを前もって知ることはできない。私は瞬間から瞬間を内発的に生きている。私を予測することはできない。私はあなたや宮廷や廷臣に無用な厄介を生み出すかもしれない。私は宮殿で暮らすようにはできていない。私が自らの野生のうちに生きることを許してほしい」
Osho -
Bodhidharma The Greatest Zen Master
どうだったでしょうか!皇帝とボーディダルマとの素敵なやり取り感じて頂けましたか!ポイントは今に生きることの重要さや皇帝の言う「人は自らの運命の主人」という箇所、それにボーディダルマの言う「私ですら、自分のすることを前もって知ることはできない。私は瞬間から瞬間を内発的に生きている。」という所です。ぜひ、あなたも素敵な気づきを感じてくださいね♪
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