神社の境内に、新しい建物が建てられた
おみくじなどを販売したり
厄除けなどを待つ人のための待合室のようだった
大きくはない神社の敷地なので、仕方がないということなのかもしれない
境内の大木が数本切られ
その場所に建てられたものだった
少し離れた場所には空地もあったので
そこを使えばいいようにも見えるが
催しのスペースとしてとっておきたいということなのか
その空地はそのままだった
人は勝手なものだなぁと思った
待合室を建てるために、大木が切られる
なんでそんなことするのか
自然を守り、自然と人間がともに生きてゆくという精神
が神道にはあると思う。。。
境内にずっとある木に手をあてて
人間は勝手なもので、ごめんねという気持ちを
何気なく伝えてみた。
その木の思いなのか
誰の思いなのかはわからないが
「人が神の方を向こうとするのは
わるいことではない
それはいいことかもしれないよ 」
という言葉が浮かんできた。
目の前の状況に対して
自分は批判的な見方をしていたので
少し驚き
「批判的な思いではなく
前を向いて
ポジティブに考えてみたら 」
と言われている気がした
少し自然の中を歩き
芝生や小さな新芽が生えているところに手を当てて
地面と草の暖かさを感じてみる
きっと
樹木たちは、暖かく
愛に溢れている存在なのかもしれない
人はもっと木や植物や生きるものに敬意をはらい
自然を守る必要があるのでは
そんなふうに感じた朝でした
今日もありがとうございます
