ヒデキのTBS番組出演時の映像がDVDになってます。

その中には“8時だよ!全員集合!!”出演の歌唱も入っていて、

一番古い映像は1973年3月24日放送の『青春に賭けよう』

 

事務所は違っても、ドリフには可愛がってもらったヒデキ。

特にドラマーという共通点がある加藤茶さんとは仲良くしてもらって、

ドリフのコントでも加藤ちゃんとのドラム合戦・コントがしばしば行われた。

ヒデキはものまね番組で加藤さんの真似をしたり、

18歳の誕生パーティには加藤さんがお祝いにかけつけてくれたりと交流もあった。

 

番組コントにも加わって勉強させてもらったり、

またヒット曲が出た時はコントでネタにもされていた。

 

例えば『激しい恋』の大ヒットの時はコントの中で、

いかりやさんに「やめろ!」と怒られたメンバーが

『激しい恋』の「やめろと言われても、今では遅すぎた」という

フレーズとアクションをしていたことがあったり、

 

 

『ジャガー』のヒットの時は、

志村さんがヒデキの衣装のようにお尻を半分出して

「何が見えた!お尻が見えたか!」とギャグにし、

全国のPTA関連から抗議を受けたこともあります。

 

そして「全員集合」には3大事件と言われる放送回があるのですが、

その内2回にヒデキが絡んでいるのです。

 

1度目は1977年5月、コントの最中舞台セットが燃え出すというアクシデントが発生。

この日は無人島探検隊のコントでしたが、

ドリフのメンバーに混ざってヒデキも隊員の一人でした。

スタッフが慌てて消火に走り「落ち」が着かないコントになってしまった。

 

2度目は1983年6月、オープニングに突然会場の照明が落ちた「停電事件」です。

照明が点灯しないので番組を進行できず、

オープニングのために整列していたメンバーとゲストが

会話やギャグで時間を消化していました。

 

この日のゲストにヒデキが含まれていたのですが、

生放送でその後の事態の予測が出来ないことで、

視聴率が時間の経過とともに右上がりになったという珍しい出来事です。

この停電は9分半に及びました。

 

後年この場面を振り返ったヒデキは

「あれだけベテランのいかりやさんが、どうしていいかオドオドしていた姿が信じられないですね。よくやれたなと思いました。僕は何を言っていいかわからなかった…」

とインタビューで語っています。

土曜の夜といえば、私の世代は、なんて言っても「8時だよ!全員集合!!」

ザ・ドリフターズの大ファンでした。

子どもでドリフを嫌いな男子はいなかったぐらい。

 

もちろん荒井注さんが在籍していたドリフです。

まだ志村けんさんがメンバーではなかった時代。

 

その中で圧倒的な人気を誇っていた、子どものアイドルが加藤茶さん。

ギャグも面白いし、歌も上手い。

バンドとしてのドラムもカッコいい。

 

小学生低学年だった私が、自分のお金で初めて買ったレコードは、

『ドリフのほんとにほんとにごく苦労さん』

 

 

もともとは戦時歌謡で、後に軍隊小唄になったものを

なかにし礼さんが替え歌にしてドリフが歌ったのでした。

1番有名な『ドリフのズンドコ節』の次のヒット曲です。

 

そして“チョットだけヨ”の大ブームが来ます。

当時の男の子はクラス内でコントの出し物として真似したものです

 

その時代にヒデキもゲストとして全員集合に出演。

番組が終わる1985年までで最多回数出演者になっています。

 

ヒデキとドリフの縁は意外と深いんです(つづく)

ヒデキは大阪球場で10年、後楽園球場で4年、

コンサートを開催しています。

 

初めての後楽園球場コンサートは1978年7月

私が参加したコンサートで1番素敵だったのは、この78年のライブです。

当時TVで中継録画放送があり、多くの人がこのコンサートを観る事が出来ました。

その放送が、今回DVDで復活!!

嬉しすぎる!!

 

 

当時私の家にはホームビデオが無く、映像は残せませんでしたが、音声は録音出来ていた。

ずいぶん聴き込んだものです。

近年はヒデキファンの方で録画を残していた方がネットに上げてくれていたり、

ヒデキ・オフィシャルでフィルムコンサートを行ってくれたりと、

あの日のライブを堪能する事が出来るようになりました。

 

それがDVDになっていつでも観られるようになった、最高です。

それも特典CDやアクリル・スタンドのおまけ付き!

それにアクリル・スタンドのサイズが思った以上に大きかった。

 

ラファエル感激!!

 

すでに購入しましたが、まだDVDは観ていません。

検討の末(笑)、78年に開催された日と同じ、7月22日の夕方に観る事に決めました。

48年前の記憶を思い出しながら楽しみたいと思っています。

 

すでに79年、80年、81年のスタジアムコンサートのTV映像は

フィル・コンで解禁されていますから、

権利問題が解決出来たらDVDにしてくれるのではないかと

大いに期待しています。

NHKの番組でビートルズの曲を歌うヒデキが放送に流れました。

曲は『Hey Jude』

 

ヒデキはデビューの頃から洋楽カバーをライブで披露していて、

特にビートルズの曲は相当数歌ってます。

 

『Help!』『And I Love Her』『She Loves You』

『Yesterday』『All My Loving』『Get Back』

『Don't Let Me Down』『In My Life』等々

 

1981年には流行っていた『ショッキング・ビートルズ45/Stars On 45』も歌った。

まあ、同じくらいローリングストーンズも歌ってますけど。

 

ビートルズもストーンズもプレスリーも、

洋楽はヒデキに教わった…

ヒデキがデビューしたのは1972年、

当時私は小学生でした。

まだまだウルトラマンや仮面ライダーが好きな男の子で、

歌謡曲は聴いていたものの、誰かのファンになるという事はありませんでした。

強いて挙げるならザ・ドリフタースかな…

 

で、当時よく聞かれたのが

「西城秀樹のどこがイイの?」

 

男友達より、女の子から言われました。

むしろ男の子にウケてたのがヒデキだった。

 

『情熱の嵐』の振り真似したり、

『薔薇の鎖』のマイクアクションしたり・・

 

当時の男の子にとっての憧れは

西城秀樹、アントニオ猪木、ブルース・リー

だった。

 

当時女の子には圧倒的に郷ひろみのファンが多く、

あるいはジュリーとかフォーリーブスとか・・

だから

「西城秀樹のどこがイイの?」って言葉になるんだけど、

実はもう一言、

「男の子なのに!」っていうのが疑問だったらしい。

 一応ヒデキはアイドルだからね(笑)

 

いやいやカッコいいでしょ、ヒデキ。

さすがに74年のヒデキ・ブームの頃には

女の子のファンも多くなった…