近年、昭和歌謡が取り上げられる機会が増えましたが、

その中でも注目を集めて人気があるのが中森明菜さんのようです。

 

明菜さんの当時の人気は説明するまでもないかと思いますが、

彼女の一番の名誉はやっぱり女性初の2年連続レコード大賞受賞という経歴ですかね。

 

当時バイトしていた店の同僚が

「とっても可愛くてものすごく歌が上手い女の子がデビューした…

デビュー・キャンペーンに行かないか?」て誘われた。

それが明菜ちゃんだった。

 

 

そんな中森明菜さんがレコードデビューしたのは1982年。

この年は数多くの新人がデビューしていて、

それも"花の82年組"と言われるほどです。

 

私が記憶している女性アイドルだけでも、

中森明菜さん、小泉今日子さん、早見優さん、堀ちえみさん、石川秀美さん、

新井薫子さん、伊藤さやかさん、川田あつ子さん、北原佐和子さん、

坂上とし恵さん、スターボー、つちやかおりさん、真鍋ちえみさん、

原田知世さん、水野きみこさん、三田寛子さん、三井比佐子さん、渡辺めぐみさん、他

 

たくさんいましたね。可愛い子たちが…

 

そんな中、私が贔屓(ファンというほどではない)にしていたのが、

石川秀美さん

そりゃそうですよね、ヒデキの妹ですから。

 

秀美ちゃんは1981年に行なわれた第2回「ヒデキの妹・弟オーディション」に応募。

河合奈保子さんに決定した前回の倍の応募者となった55460名の中から選ばれて、

奈保子ちゃんに次ぐヒデキの二番目の妹として、

1982年4月21日『妖精時代』で華々しくレコードデビュー。

もちろん所属事務所は芸映プロ、レコード会社はヒデキと同じRVC契約となりました。


セカンドシングル『ゆれて湘南』以降、ヒット曲を連発し、

その年の新人賞も数多く受賞しています。

90年にシブがき隊の薬丸裕英さんと結婚、事実上の引退をしています。

12月13日に行なわれたオーディション決戦大会において、

一部ファンの中で、真しやかに囁かれた噂話として残っているのは、

オーディション最中のヒデキは退屈そうにえんぴつを転がして審査していたとww

しかし決定後のインタビューでは「僕がこの子がいい!って押したんですよ」

キッチリ発言しています。

鉛筆転がしの真偽のほどは定かではありませんが、

選考にあたった審査員が他の出場者を推す中、

ヒデキが秀美ちゃんを強く推したことは事実のようで、

それが決め手のひとつとなり、秀美ちゃんに決定したというのは知られた話です。

 

82年当時、新宿でバイトしていた私は、前述の同僚とは違うバイト仲間に誘われて、

秀美ちゃんの83年新春コンサートに行きました。日本青年館だったかな。

 

↑コンサートパンフ