何だか物凄くお久しぶりになってしまって、しかしブログに相応しい何かを書くという時間も持てず、考えた末に今の日常について少し書いていきたいなと思います。
特に何か転機があった訳でも、何か大きなアクションを起こしたいという訳でも無いのですが、私自身が落ち着く場所を求めてあちらこちらを彷徨っていました。これは拠点を移すという話ではなく、単に座りの良い椅子を求めて覗いていたという、ただそれだけの話なのですが、結局私が帰る場所は今のところ此処しか無いのだと自覚し、こうして筆を執っています。
とはいえ、何か大事な話題がある訳でも無いため、久しぶりに天使の話を書いてみようかと思います。
もしかしたら、このブログの前身である別のブログからご存知の方は既にご承知の事かもしれません。ただ、前身となったブログは凡そ十年以上前に閉鎖している為、そんなの知らないよという方が殆どかと思います。
私の過去生の一つに、天使系の過去生があります。未だ大天使ルシェルが堕天していない頃、セラフィムが熾天使として台頭する以前の頃の話です。私には血族上の兄弟達がいました。ここで言う血族上とは実際に血の繋がりがある兄弟という事ではなく、あくまでも「創世期に生まれた原初の魂に連なる、似通ったエネルギーの波長を持って生まれた兄弟」という意味です。
ここで言う創世期とは、地球上で言われている時代ではなく、あくまでも私が生まれた次元、時代における創世時代であり、その生き方、生まれ方も他の方が有している次元や時代とは異なるという事をご承知おき下さい。
さて、私が天使として生まれた時代、私の父であり母は創造神でありました。とはいえ、形態としては魂の繭、光の膜から生まれた存在であるため、血の繋がりを持つ両親という存在はいません。あぐでも創造神は、親しき父であり母であり、時に友として不敬ながらも親しむ方でありました。
私は兄弟の中でも末子にあたり、一番上の兄は大天使という位を得た熾天使でありました。当時、大天使という位は創造神が創り出した惑星を統治し、守護する役目を担う特殊な位置付けとなっていた為、熾天使の中でも創世に近い位置で役目を担う魂がその任に就いていました。
二番目の兄は神の光と呼ばれ畏怖された軍部を司る大天使の下で働く直属の部下であり、三番目の姉は死した魂に安らぎを齎す特殊な仕事をしていました。そこに部下はなく、たった一人死した魂を守護する役目を担って行きます。
末子の私は、癒やしを行使する大天使の下で働いていました。実際のところ、姉と私に兄二人のような繋がりはなく、異質な存在として生まれた姉はどの系統にも属さない特殊な立ち位置にいたため、他の天使と交流することも、共に近い場所で住む事もありませんでした。
当時はまだ堕天する天使が少なかった時代。そこに平穏と優しい日々があったものの、結果的に一番上の兄が堕天し、私自身の同僚であった天使も堕天。連鎖反応の如く次々と堕天していく魂を止める術はありませんでした。
と、ここまで書いてみましたが、ある種のファンタジーとしてお聞き届け頂ければ幸いです。何しろ同じ時代で生きた方でないと、単なる薄っぺらい夢見がちなファンタジー小説としか感じられないと思いますので。
ただ、少なくとも私が生きていた時代は、いえ生まれて暫くが経過した頃には未だアスタロトもベリアルも天使として存在していたという事です。最初に堕天した魂の中にアスタロトがいたという事は確実に言えるでしょう。その記憶が姉から伝わっています。ただこれは地球上における史実等は異なりますので、話半分にお聞き届け頂ければ幸いです。
さて、今現在地球上に伝わる大天使の名は、実のところ様々な次元と時代に跨って存在しています。というのもこの宇宙という世界は、何層にも重なった次元が平行的に流れている為、例えば源流から上流、上流から下流に流れるように一定の方向へと集約し、流されている訳では無い、ということが一つのポイントになっています。
故に天使として生まれた過去生を一つ上げてみても、他の方の世界における天使系統とは重ならない世界が多数存在しているということです。特に著名な天使は私達がそうであるように多次元に様々な自我と魂を持つ存在であるため、「自分が見知った大天使が他の方とは印象が違う」ということが頻繁にあります。
故にあなたが大天使と出会った時、或いはその魂て親しくしていた時に他の方の印象とまるで別人に思えてもあまり気にされる必要はないということです。勿論、天使の名を騙るエネルギー存在も中にはいることでしょう。その精査は各々が行わなければなりませんが、大天使である筈なのにどつしてこんなにも堅苦しいのか、或いは軽いエネルギーとして存在しているのかなどということは、考慮する必要などない、ということです。
天使とは不思議な物で、他のエネルギー存在に比べて奉仕を厭わず、重々しくは感じられない存在でもあると私は感じています。これは私自身が天使として生まれた経験から、取り立てて神聖視する必要などないと見知っている事が要因でもあるのでしょう。
長くなってしまいましたが、友である大天使を己の元に呼ぶとき、畏敬の念を殊更へりくだって持つ必要はありません。寧ろあなたの友を呼ぶように、親しい知人を呼ぶように語り掛ける事であなた自身の心理的な壁を隔てることなく交流することが出来るのでしょう。とはいえ、プロテクションは怠らず、他の名を騙る存在か否かは常にあなた自身で精査する必要があります。基本的に天使はガイドであり、何かこれをせよ、等と命じることはありません。あくまでも助言、手助け、友としてのアドバイス等がかれらの領分です。そこを心に留めて交流を深めていて下さい。
