↑ ポチッとクリックを。 大連はロシアが租借地として港や街造りを始め、
その後、日露戦争に勝利した日本が占領、「満州 国」の
玄関口として都市計画を進めた。
だから大連の中心の中山広場やロシア街などには
クラシックな立派な建造物が立ち並ぶ。
また個人的には清岡卓行さんの「アカシヤの大連」が印象に残り、
ぜひ一度、行ってみたいと思っていたが2000年6月に
ようやく実現した。
満州 時代は日本からは大連港が入り口だった。
これは新しい大連港の入り口。この2,3年前(1997年頃)は
丸い形をした日本時代の面影が残っていた。
次に大連駅。日本人の設計で上野駅がモデルといわれ、入口と出口が
空港のように1,2階に分かれ、当時としては斬新なものだった。
大連駅前広場
続いて大連の中心の中山広場を取り巻く、
旧満州の日本の建造物を紹介しよう。
旧大連市役所
旧横浜正金銀行(現三菱東京UFJ銀行)大連支店
旧大連大和ホテル
旧満鉄本社本館
この路面電車で大連市内を見学すると楽しく、あちこち見ることができる。
旧日本橋の欄干。周囲はほとんど工事中でもう消える運命か、と
行った当時は思ったが、今どうなっているのかわからない。
ロシア風のクラシックな建物が並ぶロシア街。
つぎに満鉄社員や軍人が多く住んだ南山麓住宅地。
下はその中の鏡ヶ池公園。
下は関東軍高級参謀・河本大佐の自邸。南山麓住宅地の一画にあり、保存されていた。
この年のアカシヤの花は早く散り、訪れた6月1日には
アカシヤの並木道はこんな緑の葉だけが目立っていた。
それでも、よく見るとアカシヤの花がわずかに残っていた。
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