![]()
![]()
Kさん、
蘭翠というペンネームで、
わたしがブログを書いているとはKさんは知らないから、
それから、
このブログの読者は誰もKさんを知らないから、
ちょっとヤケクソで書きます。
10年くらい前にアフリカで再会した時、
奥さんのRさんとは「別れた」
とだけ言ってくれたよね。
ショックだった。
あんなに仲良かったのに。
そのあと、
Kさんが、
妙に「HAPPY・幸せ」
を繕っている感じがして、
自宅に若手を集めて飲み会をしたりして、
それが、ず===っと、
心の隅のどこかで気になっていました。
何年経っても引っかかっていたのは、ホント。
このあいだ、昔一緒に遊んだHさん夫婦に会いました。
奇遇としか言いようがないです。
こんなところで20年ぶりに再会するなんて。
「謎の国」ですよ。
不思議なご縁があって、イタリアン・レストランで待ち合わせして会いました。
高校生と中学生の息子さんふたりも一緒に。
話しのながれで、
KさんとRさん夫婦のこと、
Rさんは「がん」を患っていたこと、
2年前に亡くなったこと、
それから、
Kさんとの離婚は、
闘病中のRさんからの希望だったって、
うかがいました。
わたしを信頼して真実を伝えてくれたHさん夫婦に感謝です。
Rさんは、
10年近く闘病生活をされたんですね。
闘病生活って、10年になるか、5年になるか、もっと長くなるか、短くなるか、
誰にも分からない、ってことだけは、
自分で実感しました。
Kさん、
Rさんが病気でもなんでも、最期まで一緒にいたかったでしょうね。
でも、
Rさんの方が希望されたら、
離婚したんですね。
Rさんは、
男性としてのKさんのことを思って、
早く誰か他の女性を見つけて、新たな人生を歩んでほしいと、
心からそういう風に思ったのでしょうね。
勝手な想像ですけど、
Rさんだな、って思います。
わたしも、
いろいろとありました。
まだKさんにも(Hさんにも)話してないけど、同じ病気をしました。
わたしとパートナーとの関係は、
この病気とともに終わりました。
3年以上になります。
わたしは当時のパートナーに頼りました。
Rさんのように、わたしから別れようとは思えませんでした。
「がん」で精一杯でした。
治療が過渡期に入って、
彼は壊れてしまいました。
Rさんの先の先を考えた決断、
それを受け入れたKさんの優しさ、
たぶん、
今だからわかります。
こんなやけくそブログでも、
いつかどこかで読んでくれる人がいて、
こういう素敵な夫婦がいたって、
ちょっとでも共感してくれたらいい。
泣きたいけれど、
何故か涙がでないのは、
KさんとRさん、おふたりのクールなお人柄につきます。
いつか、
もしご縁があったら、
こんな話しをKさんとできたらいいな、
と思ってます。
くしゃみしてるかな?
![]()