宣告は金曜日だった。
産婦人科のP先生が”I have a bad news for you”とわたしの眼をじっと見つめた、忘れもしないあの瞬間。スイスの某街の駅前の産婦人科だ。2002年以来ほぼ定期的に検診してもらってきた馴染みの場所だ。日本に帰国中は大きな病院の人間ドックに婦人科検診を追加してきたので、名前を思い出せる医者は日本にはいない。わたしにとってはP先生が唯一のかかりつけの産婦人科医ということだ。リチャード・ギアを全体的に平たく四角にした顔で、いつもおっとりゆったりしており、バリバリ仕事をしているというイメージはゼロ。診察室で白衣を着ていながら、あたかもワイングラスを片手にバカンスを楽しむような雰囲気を醸し出している。毎回笑顔で”no problem”と言ってくれたこの人の口からこんな言葉が出るなんて、夢を見ているようだ。
バイオプシー検査の3枚紙を見せてくれた。(原文はフランス語。)
3x2.5x3㎝の腫瘍あり、周囲を含めると34x30mm、Densité 3(密度)、右乳房、リンパ腺腫瘍に右(𦚰)に一カ所、BI-RADS 5(悪性の可能性>95%という意味)
これが2013年10月8日付け2枚紙結果の抜粋。
最後に10月10日付けの1枚紙があり、大きな文字のタイトルで浸潤性乳管癌、右、グレード3、とあり、続いてエストロゲン(ネガティブ)、黄体ホルモン(ネガティブ)、Mib1 (Ki-67) 80%、HER2 (ポジティブ) 3+と表になっている。
前回の婦人科検診は、1月に日本で受けた。その時の結果は「異常なし」。1月から9月・10月の間に3cmのがんが発生したという事なのだろうか。
“Very aggressive and rapid growing cancer”
この時点では、まだわたしは正常を保っていた。進行が早いとはどういうことなのか、明日になると何センチになるのか、など取り留めのない質問をした。早いと言っても一週間の違いで生死が分れることはないが、一ヶ月の差は致命的だろう、という内容をその日の会話で理解した。生きるか死ぬかの問題だという所までは正確にわかった。
P先生は、質問はないかと繰り返した。医者からの情報提供は最小限にとどめるのがこの国でのやり方らしい。ただし、患者から質問されれば、何でも情報提供してくれるとのことだ。
そのとおり、その日はあの3枚紙はくれなかった。なので、結果を同居人や友人に説明するのに困った。後でほしいと頼んだらすぐにコピーをくれた。
つづく