「よき谷の物語」

監督・撮影・編集:ホセ ルイス ゲリン

たぶん映画のエンドロールで監督が撮影、編集まで担当とクレジットされてたと思います。




スペインのバルセロナ郊外にあるバルボナという地区のドキュメンタリー。

"バルボナ"が"よき谷"という意味らしい。

でも徳島にあるような谷間の集落とは全く違った谷だ。

バルボナは、大都市バルセロナの一角にある小川がある、昔は谷あいの地区で、果樹園や畑があったような所だった、と。

それが近代化の波に、高速道路が出来たり、鉄道が敷かれたりと、決して静かな環境とは、いえなくなっている。また昔からあった家は開発により、立ち退きを余儀なくされ、公営住宅らしき集合住宅が作られ、そこに新たなコミュニティが形成されているようだ。


そして、昔はロマという移動民族も居たらしいが、今はスペイン人の中に、モロッコ、ロシア、インドなどからの移民がいる。


いいドキュメンタリー映画でした。場面によっては、ちょっとそれはやらせというか、それは演出でしょう、というシーンもありましたが。


前情報なく観に行って、全くドキュメンタリーとは思っていなかったのですが、

いい意味で意表をつかれました。


バルボナは、よき谷、という意味の集落名らしいけど、もっといい邦題をつけられたんじゃないかなあ。映画のチラシもおばあさんと幼い子どもで、地区のドキュメンタリーというのが今ひとつ伝わらなかった、かなあ。いい映画だっただけに、邦題や宣伝をどうかしたら、もっと集客できるのでは、、、とは思いました。

メダカの浮草もどきに、卵が産み付けられていました。10個はついてました。

浮草もどきを這っていたニョロニョロの軟体生物をピンセットで除去し、貝も除去し、

卵を食べていた可能性がある者(物)は排除して、ペットボトルに移しました。

 

でもなかなか孵化しない。

水温が27〜28℃ないと、孵化しない、というのを見て、日中は外に出してたんですけど。

最近は夜は冷えてきたので、夜は室内に移して。

それでも孵化しないなあ、、、

 

それで浮草もどきを、水から上げて確認しましたが、もう卵らしきものは見当たらず。

無くなってるなあ。

なぜ(・・?

 

今シーズンは、もう終わりですかねえ、、、、

 

今年、孵化した稚魚で、生き残ったのは1匹。

成魚の睡蓮鉢で元気に泳いでいます。

ひときわ 身体が光ってます!

 

 

 

2026年8月26日のNHK クローズアップ現代で、

「なぜ真相は埋もれたのか~日航機墜落41年の新証言~」

が放映されました。

NHK-ONEで見ることができるのは1週間以内なので、

もう見れないですが、

NHKオンデマンドであれば、見れると思います。

 

 

森永卓郎さんの本をコンビニで見ました。

漫画で分かりやすかったので、手に取って少し読みました。2024年の本なんですね。

 

 

青山透子さんの本も並んでました。

 

 

 

自衛隊誤射説が、かなり拡がってきているので、

それをかき消すかのように、NHKのクローズアップ現代で、

圧力隔壁の修理ミスのことを、取り上げていました。

 

ボーイングは修理ミスを認めた。

ただ、日本の検察の取り調べはできなかった、と。

修理ミスについて述べる代わりに、罪は負わないですむ、

という司法取引が、アメリカでは一般的なのですが、

日本の司法ではそれは認められない、検察は免責前提の取り調べはできない、

という壁があり、結局、ボーイング社の取り調べはできなかった、と。

 

修理した痕のことだと思うのですが、

部材が切断されているのを発見した日航の技術者、

でもそれは言うなと上司から止められた、とのこと。

それを言わなかったことを後悔している。

それが、41年の新証言のようです。

 

青山透子さんの著書は読んだことがないので、一度、読んでみないといかんですなあ。

 

2026.8.30 NHKのテレビ将棋トーナメント

 

お、なんかイケメンの棋士だなあ、と思って

 

対戦は、千田八段と吉池四段

 

吉池さんという棋士がイケメンのかたです。

 

千田(ちだ)八段

千田八段は、2016年度の第42期棋王戦でタイトル初挑戦(渡辺明棋王に挑むも敗退)

実力者ですね。

 

吉池(よしいけ)四段 21歳 2004年生まれ

今年11月に22歳になるそうです。

2024年にプロ棋士になってます。

 

こんなイケメン棋士がいるんですねえ。

本日は、吉池四段が勝ちました。

 

藤井 聡太さんがなにかと話題ですが、

伊藤 匠さんも活躍して、藤井さんから冠を奪取したりと、肉薄してきてます。

 

山口県では、周南市出身の徳田挙士五段もイケメンですね。がんばれー

 

将棋界もイケメンが増えてます!もっと盛り上がったらいいですね。

 

 
1.5cmくらいになったかなあ
いよいよ 唯一生き残って成長したメダカの稚魚を睡蓮鉢に合流させました。
 
前回は、大人のメダカに追い回されましたが、今日は、そんなことないです。
エサと間違われないくらい大きくなったということでしょうか
 
色も大人の中に混じると、ひと際光ってます。眼も光ってますね  (^^) 
ちょうど底にいる白メダカの子どもなのかも

今年は、約20匹孵化して、睡蓮鉢に合流できたのが、この1匹でした。
大きくな~れ~よ~!
 
 

スタジオジブリの宮崎駿監督の映画『となりのトトロ』が

金曜ロードショーで放映されました。

 

 

8月7日から3週連続で、ジブリ作品が放映でした。

 

8月7日『借りぐらしのアリエッティ』

8月14日『風の谷のナウシカ』

8月21日『となりのトトロ』

 

3週連続で見ました。

 

『となりのトトロ』は、1988年公開の映画で、田舎が舞台で、懐かしい感じです。

でも、電話がダイヤル式でもない、交換手を呼んでいるので、

これは昭和でも40年代どころじゃないですねえ。

 

Wikipediaを見ると、昭和30年代初頭だそうです。

 

宮崎駿監督が、1941年 昭和16年生まれ

主人公の女の子サツキが12歳という設定らしいので、

監督が12歳だと、昭和28年、1953年

 

昭和30年初頭だと、サツキは宮崎監督より少し年下になりますね。

戦後、10年ちょいくらいは、こんな感じなんですね。

 

私が小さかった頃、昭和40年半ばから50年くらいにかけて田舎の祖父母の家にいくと、まず家の玄関は引き違いの戸で、鍵が無い。

水道は、ありましたが、山の水を引いていました。

 

風呂は五右衛門風呂で、薪で焚く。里帰りすると、この風呂焚きをするのが、私の担当になり、楽しかったなあ。薪に火をつけるまで意外と難しかったです。夕方になると、谷間の集落のあちこちで、50軒くらいの家があったでしょうか、各家の煙突から、風呂焚きか炊事の煙が上がってました。高台にあった祖父母の家から、ヒグラシが鳴く夕暮れのなかで、この家から煙があがっている様子を、その景観を見るのが好きでした。

 

風呂の水の入れ替えは、桶で掬いだしていたので、これが一仕事でしたね。これが五右衛門風呂の欠点ですね。掬いだした残り湯は洗濯に使ってました。

 

洗濯機は、脱水を手でレバーを回して、2つのローラーで衣類を挟んで物理的に絞るタイプでした。なので、洗濯槽は1槽式です。2槽式の前ですからね。全自動洗濯機も1槽式とはわけが違う。

 

下水設備はないので、洗濯後の水や炊事で出る水は、そのまま流して地中が吸収していた。

 

洗剤も粉みたいな 石鹸タイプだったような。地中から川に滲みだしていたのでしょう。おおらかな時代というか、、、途中から集落で下水を集めて、浄化槽のようなコンクリートのタンクみたいなのがあったような気もしますが、さだかではないです。

 

こういう場所は、合成洗剤を使わずに、シャボン玉せっけんのような洗剤を使えば、川に流れ込んでも、自然に分解されるんのでしょう。

 

冷蔵庫は電気ではなく、中に氷を入れて、冷やすタイプ。これも、途中から電気製に変わりました。

 

電話は、有線放送の受信機を兼ねていて、夕方になると、電話機から「よい子のみなさんは家に帰りましょう」的な放送が流れていました。音も割れていて、明瞭ではなく、なんとも味のある声でした。市町村の町でしたから、町単位で共通の有線放送だったんでしょうか。

 

寝るときは、蚊帳(かや)を吊ってました。部屋の隅に蚊帳を吊る器具があって、それに蚊帳の四隅を吊り下げて。正確には6個くらいありました。その中で家族が並んで寝る。蚊帳はちょっとテントみたいな感じで、これがテンション上がりましたねえ。

 

蚊取り線香は、ブタの陶器でできた入れ物に吊り下げる。

 

そして、夜は谷間の底を流れる小川の音がずっと聴こえる。

 

トイレは離れにあって、夜は怖かったなあ。電灯は裸電球。暗い暗い。怖すぎて一人では行けないので、親を起こして見てもらいながら、一旦外に出て、トイレに行ってました。トイレはもちろん、汲み取り式で、板の真ん中に四角く穴があって、それをまたぐ。小便用は個室にはなっていなくて、納屋の地面に穴をくりぬいて、そこに小便が溜まっていました。大小便は、定期的に畑に撒いていたのでしょう。

野犬なのか飼い犬が放し飼いされているのか、それにイノシシもいるので、時々夜にそれらしいのが家の周りに来るので、これも怖かったですねえ。あの頃は、町中にも普通に野良犬がいましたね。

 

まあ、となりのトトロの光景は、まだ私が小さかった頃の光景と共通するものが多く、それを見るのも楽しかったです。

 

 

 

 

 

とうとうメダカの稚魚の生き残りが1匹になってしまいました。この子だけ順調に1cmくらいになりました。

1.5cmか2cmくらいになってから、成魚と一緒にしたほうがいいとありました。1cmくらいだと成魚に食べられる可能性があるそうです。

”浮草もどき”に卵が産み付けられたのがあったのが、隔離しました。これが孵化すればなあ、、、

 

針子の頃は、餓死する可能性があるそうです。今まで一日2回しか餌を上げられていなかった。朝と夜(夜は時間がまちまちなんですよねえ)。昼間も上げられれば、生存率も上がるのかなあ、、、


ペットボトルの2リットルのを切って、使うのは、いいそうです。

水温が高くなると、水の中の酸素が少なくなるので、空気ポンプがあったほうがいい。空気ポンプの泡で水流ができてしまうと、稚魚が泳がないといけなくなって、体力を消耗してしまうので、流れができないくらい、1秒で2個くらいの泡が出てくるくらいがいいとありました。そういう調整ができる空気ポンプがあるんでしょうねえ。

 

もう少し大きい水槽で、孵化させて育てるのをやってみたほうがいいのかなあ。水量が少ないと、どうしても気温の変化に水温も引きずられやすいですよねえ。浴槽いっぱいのお湯よりも、量の少ないコップのお湯のほうが、冷めやすい、ですもんねえ。

 

http://jal123.blog99.fc2.com/blog-entry-23.html

 

 

1985年の日航機123便 ボーイング747(ジャンボジェット)が

御巣鷹山に墜落したときの 証言 とのことです。

 

生存者の川上慶子さんの証言もあります。

みなさんに共通しているのは、一度ヘリコプターが上空に来て、

助けに来てくれたのに、と思ったら、去って行った、と。

その時は、まだ周囲に生きている方が結構いたと。

 

2025年1月に亡くなられた経済アナリストの森永卓郎さんを始め

123便の墜落について、ただの事故ではない、とおっしゃる人が少なからずいます。

 

 

 

私は、この123便の機体が、墜落の前の通常運航の時、

着陸時に尻もちをついて、その時、後部の隔壁を一応修理はしているのですが、

その後のパイロットの方たちが、この機体が上空にいくと、変な感じになる、

つまり気圧が低くなると、地上では発現しない異常が出ていた、

という証言をしている、と。

でも、地上でその機体をいくらチェックしても、その原因はわからなかった、

というのを、たぶんNHKスペシャルかなんかの特集番組で見て、

いやいや、パイロットたちがおかしいと思っていたなら、もっとしっかりと、

原因を追究しなかったのかよ、と憤った記憶があります。

 

それが、ここ数年、自衛隊のミサイルが、123便を誤射した、という説が出てきて、

何を、これまたすごい陰謀論だなあ、と思っていましたが、

米軍基地の方の証言を読むと、

 

もしかしたら、なにか都合の悪いことを隠そうとしている圧力がかかっていたのかも、

陰謀論として、切り捨てることもできないのか、と私も思い始めました。

 

だとしても、関係者が生存している間は、秘密事項は出てこない気がします。

事故から100年の2085年くらいなら、だれも残っていないでしょうから、

それくらいになれば、新事実が出てくるかもしれないですね。

 

※あ、でも青山さんという方が、すごくいろいろ書かれていますね。

 

 

 

 

 

 



8.10月曜日の深夜(日付は11日)を聴いていると、1時台に、ドキュメンタリー映画「どうすればよかったか?」の藤野監督のインタビューがアンコール放送されていたのを偶然聴けました。途中、寝落ちしてましたが、らじるらじるで、聴くことができました。一週間は聴けますので、よかったら是非!是非


今年もメダカの稚魚が20匹は産まれました。

 

この中で生き残るのは、何匹かなあ、、、

 

去年の生き残りは2匹でした。

今は、睡蓮鉢では、もう成魚と同じ大きさです。

 

睡蓮鉢の”浮草もどき”に卵がついていれば、

2リットルのペットボトルの上を切った孵化用の入れものに、

”浮草もどき”を移します。

 

そのうち、針子 と呼ばれる稚魚が産まれました。

 

なにも孵化されない卵もあります。

無精卵なのでしょう。

 

多いときは、ペットボトルに10匹くらい、

だいたい5~7匹くらい産まれます。

 

針子用の餌を、朝と夜、一日2回はあげるようにしています。

余った餌は、一緒に入れいている巻貝が食べてくれてます。

巻貝は、卵時代に入れた”浮草もどき”に一緒に付いて来てます。

 

ただ、だんだん稚魚の数が少なくなっていきます。

いなくなる。

溶ける と表現している人もいますが、

まさにそういう感じ。

跡形も無い。

 

7月20日くらいには、全部で15匹くらいいました。

 

8月9日 3匹になりました。

1匹だけ、順調に成長しています。

1cmくらいの大きさ。

他の小さな稚魚の中では、ひと際目立ちます。

 

餌を食べるときに、小さな兄妹が来たら、追い回す。

大威張りだなあ、、、

これは大人の睡蓮鉢に入れてもいいかな。

 

睡蓮鉢に入れると、今度は成魚に追い回されます。

成魚は本能で、餌と認知するんでしょうねえ。

 

変に動くと、追い回されると判断?したのか、

1cmの稚魚はじっとしています。

 

人が変わったように

 

まだ、早かったかなあ。

 

ペットボトルに戻しました。

今度は3匹を、1匹ずつ独立したペットボトルに入れました。

 

そして、8月10日 

さきほど餌をあげると、

なんと、1匹が動かなくなっている。

 

残りは2匹

 

1㎝ と まだまだ 針子君 

の2匹

 

がんばれー!