スタジオジブリの宮崎駿監督の映画『となりのトトロ』が
金曜ロードショーで放映されました。
8月7日から3週連続で、ジブリ作品が放映でした。
8月7日『借りぐらしのアリエッティ』
8月14日『風の谷のナウシカ』
8月21日『となりのトトロ』
3週連続で見ました。
『となりのトトロ』は、1988年公開の映画で、田舎が舞台で、懐かしい感じです。
でも、電話がダイヤル式でもない、交換手を呼んでいるので、
これは昭和でも40年代どころじゃないですねえ。
Wikipediaを見ると、昭和30年代初頭だそうです。
宮崎駿監督が、1941年 昭和16年生まれ
主人公の女の子サツキが12歳という設定らしいので、
監督が12歳だと、昭和28年、1953年
昭和30年初頭だと、サツキは宮崎監督より少し年下になりますね。
戦後、10年ちょいくらいは、こんな感じなんですね。
私が小さかった頃、昭和40年半ばから50年くらいにかけて田舎の祖父母の家にいくと、まず家の玄関は引き違いの戸で、鍵が無い。
水道は、ありましたが、山の水を引いていました。
風呂は五右衛門風呂で、薪で焚く。里帰りすると、この風呂焚きをするのが、私の担当になり、楽しかったなあ。薪に火をつけるまで意外と難しかったです。夕方になると、谷間の集落のあちこちで、50軒くらいの家があったでしょうか、各家の煙突から、風呂焚きか炊事の煙が上がってました。高台にあった祖父母の家から、ヒグラシが鳴く夕暮れのなかで、この家から煙があがっている様子を、その景観を見るのが好きでした。
風呂の水の入れ替えは、桶で掬いだしていたので、これが一仕事でしたね。これが五右衛門風呂の欠点ですね。掬いだした残り湯は洗濯に使ってました。
洗濯機は、脱水を手でレバーを回して、2つのローラーで衣類を挟んで物理的に絞るタイプでした。なので、洗濯槽は1槽式です。2槽式の前ですからね。全自動洗濯機も1槽式とはわけが違う。
下水設備はないので、洗濯後の水や炊事で出る水は、そのまま流して地中が吸収していた。
洗剤も粉みたいな 石鹸タイプだったような。地中から川に滲みだしていたのでしょう。おおらかな時代というか、、、途中から集落で下水を集めて、浄化槽のようなコンクリートのタンクみたいなのがあったような気もしますが、さだかではないです。
こういう場所は、合成洗剤を使わずに、シャボン玉せっけんのような洗剤を使えば、川に流れ込んでも、自然に分解されるんのでしょう。
冷蔵庫は電気ではなく、中に氷を入れて、冷やすタイプ。これも、途中から電気製に変わりました。
電話は、有線放送の受信機を兼ねていて、夕方になると、電話機から「よい子のみなさんは家に帰りましょう」的な放送が流れていました。音も割れていて、明瞭ではなく、なんとも味のある声でした。市町村の町でしたから、町単位で共通の有線放送だったんでしょうか。
寝るときは、蚊帳(かや)を吊ってました。部屋の隅に蚊帳を吊る器具があって、それに蚊帳の四隅を吊り下げて。正確には6個くらいありました。その中で家族が並んで寝る。蚊帳はちょっとテントみたいな感じで、これがテンション上がりましたねえ。
蚊取り線香は、ブタの陶器でできた入れ物に吊り下げる。
そして、夜は谷間の底を流れる小川の音がずっと聴こえる。
トイレは離れにあって、夜は怖かったなあ。電灯は裸電球。暗い暗い。怖すぎて一人では行けないので、親を起こして見てもらいながら、一旦外に出て、トイレに行ってました。トイレはもちろん、汲み取り式で、板の真ん中に四角く穴があって、それをまたぐ。小便用は個室にはなっていなくて、納屋の地面に穴をくりぬいて、そこに小便が溜まっていました。大小便は、定期的に畑に撒いていたのでしょう。
野犬なのか飼い犬が放し飼いされているのか、それにイノシシもいるので、時々夜にそれらしいのが家の周りに来るので、これも怖かったですねえ。あの頃は、町中にも普通に野良犬がいましたね。
まあ、となりのトトロの光景は、まだ私が小さかった頃の光景と共通するものが多く、それを見るのも楽しかったです。