土肥金山で昼食を頂いた後は
龕附(がんつき)天正金鉱へ向かいました。
初めて訪れる金鉱ですが
室町時代の後北条氏の支配下で
天正5年(1577年)の開坑と伝わるそうです。
本能寺の変(天正10年)の5年前だな。🤔
坑道は入口の柿の木に因んで
「柿の木間歩(まぶ)」と命名されました。
小高い山全体が巨大な安山岩で
これは太古の陸上噴火の痕跡でしょう。
当然ですが、伊豆は何処に行っても
火山岩(安山岩等)だらけ。🌋
ガイドのお爺ちゃんが入口付近で
金が混じった鉱石を教えてくれました。
明らかにキラキラと涼し気に光っています。✨
なんだか神秘的ですね。
画像の白く細長い文様は
石英(ガラス)の鉱脈です。
金や銀は石英と一緒に産出されるようで
こちらの鉱山のやや南の宇久須に
日本最大級を誇った珪石鉱山がありました。
珪石は石英片岩、つまりガラスの事。
ああ、なるほど!😀
西伊豆にクリスタルパークという
ガラスの博物館があるのも頷ける。
ちなみに、ガラスも火山活動の賜物です。
坑道は保存状態良好です。
安山岩の坑道内壁はとても硬い。
鏨(たがね)と金槌で掘り進むのは
さぞかし大変だった事でしょうね。
これは初めて知りました。
赤玉石(鉄石英)の鉱脈です。
赤い石英は装飾品として
重宝されているようです。
赤いガラス玉、一度見てみたい。🛑
金と銀の鉱脈がお隣同士です。
竪堀の換気口を見上げた図。
松明の煙を輩出するのは超大変です。
坑道の天井も換気を考慮して
階段状に段差が付けられています。
坑道の最深部。↑
左側の方はガイドのお爺ちゃん。
年齢は80歳を超えていると思いますが
杖を突きながら案内してくれました。
慣れているとは思うけれど
見ている方は少々不安になってくる。
正直、「何も起こりませんように」と
心の中で祈っていました。🙏
最深部の龕の様子。
龕附天正金鉱の「龕」をAIで検索すると・・・・
女陰形金脈龕
坑道の最深部に、女陰の形を彫り込んだ
「龕(厨子のようなもの)」
が祀られています。
祀られた理由: 当時の坑夫たちが
「これ以上掘ると山の神の祟りがある」
と恐れ、その場所に女陰の形を彫り
山の神として祀ったことに由来します。」
松明の煙の排出が稚拙だったので
産出を抑制する知恵だったと思う。
何時の時代も女陰は
男の子の最終目的だったのか?
確かに後壁の文様は女陰だな。
ところで伊豆半島の金山は全盛期には
佐渡島に次ぐ生産量を誇ったそうで
地名に「大久保」や「後藤」という
金を象徴する地名が残っているらしい。
「大久保」は江戸初期の
幕府お抱えの山師である大久保長安。
「後藤」は今の日銀本店の場所で
金座を任されていた後藤家だと思われます。
龕附天正金鉱の他にも伊豆半島には
金鉱山の廃坑が点在しているようです。
機会があれば訪れてみたい。
ガイドのお爺ちゃんと無事に坑道を出て
なんだかホッとしました。
お爺ちゃん、ご苦労さまでした。
そして、ありがとうございました。😀
この後、さらに伊豆半島の南へ向かいます。










