岡山県津山市を訪れた翌週。
またまた滋賀県に向かいました。
目的地は近江八幡市の沙沙貴神社(ささきじんじゃ)です。
中山道が走り、信長の安土城の城跡は近い。
ちなみに住所は安土町です。
茅葺の見事な楼門!(↑)
これは由緒ある神社の証ですね。
その名の通り、全国の佐々木さんの氏神様です。
京極氏や六角氏に派生した近江源氏の佐々木氏は
こちらが発祥の地となります。
南北朝の時代、足利尊氏を支援してキャスティングボードを握った
佐々木道誉もこの一族ですし
203高地の乃木希典の祖先も佐々木氏だとか。
とても立派な拝殿ですねぇ~
風格が備わっており、重厚感が漂います。
東京近辺ではこういう神社は存在しない。
ご覧あれ
、この見事な神殿を![]()
作られたのは江戸時代後期だといいます。
取り立てて古くは無いけれど
素人目にも存在感のある佇まいです。
関西にはこういう神社がゴロゴロしてます。
伝説によれば神社の祭神である少彦名命(スクナビコノミコト)が
ササゲの葉の形をした船に乗ってこの地にやって来た事から
ササキ神社と呼ばれるようになったらしい。
その際、養蚕や農業、そして醸造の技術をもたらしたそうです。
これって、渡来系の秦氏を連想してしまう。
もっとも琵琶湖の周辺ですから
渡来系の痕跡は沢山あります。
ただ、メディアでは正面から取り上げませんけどね。
上の図は安土町の考古博物館に展示してあった
古代琵琶湖周辺の勢力図です。
現在の近江八幡を含む蒲生郡は
沙沙貴山君(ササキヤマギミ)が治めていました。
そして沙沙貴神社の直ぐ北側に
被葬者が沙沙貴山君(ササキヤマギミ)とみられる古墳があります。
神社へ参拝した後
こちらの古墳も訪れてみました。
瓢箪山古墳という滋賀県最大の前方後円墳です。
全長は約162メートルで墳丘の直径は約90メートル。
4世紀中頃の築造だと考えられています。
後円部に三つの竪穴式石室があり
前方部にも箱式の石棺が2基確認されています。
墳丘に登る事は出来ますが
何処がどうなっているのかよく分かりません。
上の大きな石が後円部の石室の部材だと思われます。
面白いのは後円部石室が墳丘の主軸に対して直角に作られている事。
ひょっとして、観音寺が鎮座する山(観音寺山)の方向を向いているのかなぁ![]()
上の画像は安土城考古博物館に展示されていた
空から眺めた瓢箪山古墳の様子です。
こうやってみると墳丘の形が良く分かります。
なるほど・・・・・
沙沙貴神社から古墳を見ると観音寺山が背景になる。
この観音寺山、別名を繖(きぬがさ)山といいます。
繖とは高貴な人々の傘という意味。
方角的に佐々木氏にとって霊山だし
この山に作られた観音寺城は戦国時代を代表する山城でした。
なんだか意味深ですよね。
お墓が瓢箪山古墳で、仏壇が沙沙貴神社か?
近江八幡周辺はかなりディープなエリアです。
続きます。








