こんにちは。
今日はちょっと古い大和言葉のお話です。
昨日は出雲大社の古代の王について書きましたが、古事記以前には文字がありませんでした。
文字というのは、「いろはにほへと」みたいな字のことですね😅
古代では、文字はなくて、「音」だったのです。
この世の始まりは「無」であった。
古事記の冒頭にも記されておりますが、そこから「音」が生まれた。
「音」はとても不思議な作用があり、水面に反射させると、波紋が広がります。
そう、音は波動なのです。
水は波動を即時転写しますので、広がる水輪には波長がある。
音はエネルギーである、ということです。
昔は文字で何かを伝え合うのではなく、音、つまり、「いろはにほへと」などの五十音で相手に伝えていたのですね。
今では相手に思いを告げるためのコミュニケーションツールですが、言葉というものは音であり、それはエネルギーであり、現実化できる力でもあったのです。
古い大和言葉には、「メ」「ハナ」「ハ」があります。
これはわたしたち人間にもある器官ですが、植物にも存在するのですね。
「目」「鼻」「歯」
と、
「芽」「花」「葉」
は古い時代では、同じ音であった。
それだけ重要な器官だったということでしょう。
昔は文字がなかった。
だから、後世に中国の漢字をあてはめたのですね。
これを「万葉仮名」と呼びます。
これは、
「左目」からはアマテラス(天照大御神)が生まれ、
「右目」からはツクヨミ(月読命)が生まれた。
そして「鼻」からはスサノオ(須佐之男命)が生まれた。
という古伝を「音」として捉えると、
メというのは、アマテラスやツクヨミが生まれたところであり、ハナはスサノオが生まれたところである、ということです。
神が生まれたその場所に、生き物の器官を名付けた、とも考えられます。
※葉♪
漢字で書くと、分離をされます。
人間の「目」と植物の「芽」は同じ音だったのですが、漢字によって別のもの、とされたのです。
しかし、同じ意味であった、と考えると世界が広がりますね。
こういった分離をされたものが無数にあります。
これをもう一度、「統合」していくと、日本語の面白さ、
そして分離された両方のエネルギーが結び始めるのではないでしょうか。
過去の記事で、日本の縄文時代からの聖域は「山」であり「森」であり「岩」であった、と書きましたが、
もうひとつあります。
日の信仰です。
そう、太陽☀️です。
日本のみならず、地球では太陽信仰がおおもとなっており、地球上のすべてに降り注ぐことにより、大いなる恵みをもたらしてきました。
「日」は「火」であり「霊(ヒ)」となります。
※火の発祥の地 熊野大社
火🔥は食べられない生ものを食することができるので、大きく文明を開化させたもので、それは須佐之男命がもたらしたものであるとされています。
火は神から譲り受けたものであり、太陽を集めたものである、ということですね。
日本の精霊信仰は「霊(ヒ)」であり、神の名前に「ヒ」が多いのも、太陽と自然霊は同等の存在である、ということなのかもしれません。
太陽は火であり精霊である。
神は太陽であり、火であり、自然霊そのものである。
日本は「日」のもとにある、
日本は「神の国」である、ということですね。
昔は音しかなかった。
音で表現されていたものが、漢字によって分離され、別のものとされてしまった。
今では言葉というものは思いを伝えるものですが、そのわたしたちが口にする音というのは、エネルギーが乗るのです。
万物を造りだした造化三神は縄文の神です。
ムスヒ。
結び。
紡がれていくもの。
ムスコ
ムスメ
そんな古風な音に思いを馳せると、なんだか古代の人の音に託した思いが伝わってきますね😆✨
というわけで…
口に出す言葉には非常に気を付けてください。
それは地球を循環して、自分のもとに「返ってきやすい」時代になってしまいました。
言葉にはエネルギーが乗る。
音はエネルギーだ、と思うと、心地の良いものとして使いたいものですね✨✨