十とは「すべてまとまっているさま」を意味するが、漢字でも十の意味は大切あ
る。
実り多き果実の「果」も十を欠くと「呆」になり、口から出る言葉が十人が十人と
も心を合わせれば「叶う」となる。
定額給付金の受給について閣僚に聞いてみると一人は受給しない、5人は態度不明
と全くまとまりがない。景気浮揚の果実を想像する前に呆れる心が先に立つ。
公明党のごり押し、公明党へのご機嫌取りが目に余る現状である。高額所得者には
自発的な受給辞退を促す意向もあっさり撤回して、舌の根の乾かぬ内に「是非、皆さ
んに使っていただき、消費してもらいたい」の意向に変わった。
私は気がつかなかったが首相の書初めに「平成廿十一年新春」とあったと話題に
なっている。辞書によると「廿」は一文字で二十を意味し下の十は余計という。
「果」から抜け落ちた従はこんなところで遊んでいたようだ。 麻生さんもオバカ呼
ばわりされてから何かとケチをつけられて気の毒だが? 直りようがないか?
コラム 参照


