豊島の観光スポット
実は豊島島内の事はあまり良く知りません。
と言うのも、架橋以前この島はフェリーの便数も少なくて、取材も地元の人に頼んでいたからです。
豊島は「とよしま」と言います。
この島の漁師さんは五島列島など遠方まで出かけて一本釣りしていました。
もちろん瀬戸内海のあちこちにも出かけて漁をすることが良く知られています。
1950年頃、宮島の管弦祭に船で行った時、豊島の漁師さんの家船が隙間をあけてくれ、間に入れてもらって酒に肴をたくさん勧めてくれたことを思い出します。
管弦祭を見に行って、豊島の家船の間に入れてもらったセーリングクルーザ
艇名はRangee。琵琶湖から運んできた艇です。
当時の彼女(今は妻www)がほぼ全額出資し、貧乏学生だった私と共同所有。
その後も、宮島海峡には豊島の船がたくさん来て太刀魚釣りをしていました。
↑のサイトに詳しい記述があったので、引用します。
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県下でも屈指の漁業の島として有名な豊島。
1690年ごろにアビ鳥が集まる好漁場が発見されて以来1986年まで、鳥の習性を利用し一本釣りで鯛やスズキなどを釣る「アビ漁」が行われてきました。
1891年ごろから県外出漁も始まり、寝室や台所を備えた「家船(えぶね)」と呼ばれる船で、遠くは対馬や五島列島などに出漁していました。1930年の資料では、6県78漁場へ出漁していた記録が残っています。
1950年ごろには豊島の漁師がタチウオ一本釣りをはじめ、県外出漁先の各地に伝えたことからタチウオ一本釣りの発祥地とも言えます。
タチウオの漁獲量は1952年が4トンだったに対し、1973年には106トン、1980年には1,962トンと右肩上がりでした。タチウオは群れをなして広い海域を回遊する魚なので、魚を追って移動する家船生活がタチウオ漁の技術の向上に貢献し、その技術や道具は全国に普及しました。
2016年には瀬戸内海全般の漁獲量の減少もあり115トンに減少しましたが、新規漁業就業者の受け入れを積極的に行い、後継者の育成に努めています。
2019年には鮮度が良く美しい「タチウオ」がGI(地理的表示保護制度)に登録され、「豊島タチウオ」としてブランド化に成功しました。そのほか温暖で日照時間が長い瀬戸内の気候を活かして、タチウオの干物、ヒジキなどが加工生産され、島の生活を支えています。
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AIによると、あび資料展示室・十文字山展望台等の観光スポットがあります。
上蒲刈島~豊島 豊島大橋
豊島~大崎下島 豊浜大橋
豊浜大橋下の渦潮
この海峡では、座布団級のイシガレイが釣れていました(昭和50年頃)





