とりあえず そんなこんなで飛行機に乗り 1時間強で もうミャンマー

イミグレで2~3人の列に並び5分足らずで 抜けられた。
と思いきや せっかく自分の番が来たら その係員が
「あっちにあるブースに行け 」
と
なんだか雲行きがあやしい???
何でかな?と思ったら・・・・福島原発の影響

結構世界的なニュースになってるんだ!!!
放射能検査をパスしないと入国できない??
空港係員が
「あっちで検査を受けてから来てよー! プンプン

(佐藤玉緒風)私が被爆したらどうするの」
(と言ったかは定かではないが)
泣く泣く列を離脱し、仮設検査ブースに向かった。
が しかしだ。私は地震の前からバンコクにいる。
とりあえず、ブース前に受付があり、そこで事情を説明
「私は地震が起きた日は日本に居ませんでしたし、それ以後も日本に帰ってません」
パスポートの日付けを見せたら どうやら納得。
一応大丈夫です的なシール入国カードに貼ってもらい完了

再度イミグレの列に並ぶと、日本人らしき若者を発見!
並んでいたタイ人と話に夢中になっていて、
放射能検査の事には一切気がつかない様子

「ディズニーがどうだ」とか、その他もろもろ
日本語で話していたので日本人と分かった。
このまま進んで行ったら 俺と同じ目に合うので 、若者に教えてあげた。
私 : 「日本人でしょ?、あっちで検査受けてからじゃないと出国できないよ」
若者 : 「あ そうなんですか? ありがとうございます」
っと言い 仮設ブースに向かった。
そして一通り検査を受けて帰ってきた。
まだ並んでいる俺に
若者 :「どこまで行くんですか?市内行くまで結構お金がかかる
みたいなんで いっしょに行きませんか??
私 :「俺が聞いたのは、今回泊まるホテルまでタクシーで6ドル位って聞いたんだよね」
「どこに泊まるの?」
若者 :「東京ゲストハウスです」

地図を見ると俺のホテルと結構近そうなので
とりあえず いっしょに行く??という事になりました。
タクシーの中で若者と話しをしていると、どうやらまだ彼は
学生である。がしかしアジア各国を回っているカメラマンだそうだ。

若い人はパワーがあるね。
(自分なんか同じ年の頃は何やってたか???)
そういう若者はつい 応援したくなっちゃうよ。
彼は今話題の??戦場カメラマン渡部さんを尊敬してるみたい
すでにブログでも その活動報告をやっているので
見てください ココをクリック
とりあえずホテル
まで到着運ちゃんが言い値の5000キップ(約500円)を支払い

すぐに荷物を置いて 彼が泊まるゲストハウスへ向かおうとするも
「歩くには遠そうだけど・・・タクシーでは近い」みたいな微妙な距離
でも若者の荷物があるのでタクシーを選択

ものの5分で到着

この東京ゲストハウスはバックパッカー向けの
非常にリーズナブルな宿である。
オーナーも金子さんという日本人の方で
色々な事を教えてくれて 初めての人にとっては非常に助かる。
その若者は予約はしておらず、オーナーに説明を聞く。
入口すぐ目の前の部屋が空いており朝食付きで7ドル

若者は「もっと安い部屋ありませんか?」
オーナーは したり顔で「ふっ
あるよ」と奥の洗濯場の横の狭い急な階段を上ると
約2畳程の部屋があった。
「ここは4ドル(確か???)だよ」と言ったか言わない内に
若者は「ココにします」と即決
う~ん若いってパワーがあるね

40過ぎたおじさんにはちょっとキツイ部屋ですが・・・・・

部屋も決まりそろそろ夕食なので いっしょに飯を食うか?
ってことになりました。
すると 入口前の部屋から ちょうど日本人の女の子が出てきました。
ってことで お決まりのパターンで
「日本人ですか」
「はいそうです」
「これから飯食いに行きますが・・・・」
「じゃあいっしょに行きましょう」
的な感じで学生カメラマン&女の子と夕食に出かけた。
聞いてみると、その女の子は何と世界一周の旅を始めて
ミャンマーでまだ2カ国目という これまたパワーのある若者であった。
彼女も学生で一時休学して8ヵ月間で世界一周を目指しているそうだ。
ミャンマーなのになぜかタクシーの運ちゃんに聞いた
インド料理店に行き とりあえず乾杯

そこで 色々と話しましたが、2人の話を聞いていると
こちらまで力を貰った様な気がするなーー。
「夢と希望に満ち溢れた」って言葉がぴったりかな?
ときどき発せられるタメ語は まあご愛敬ってとこですか?
(イマドキの若者ですからね)
話もはずみ、「明日もいっしょに飯を・・・・」という約束をして今日はお別れしました。
う~ん! 若いっていいなーー
