陳情令感想①プロローグ編 | 乱歩酔歩--Random Walk official blog--

陳情令感想①プロローグ編

どうも遊木です。

 

今月から『陳情令』の感想を更新していこうと思います~!

 

何回かに分けた連載(?)です。

45分×50話分なので……一体どのくらいの分量になるのやら。

一回の更新は「ここ、話の区切りやろ」と勝手に判断した話数ごとになると思われ。

 

実はこの感想、書き始めたのは約一年前です。

当時は、視聴直後の興奮も冷めやらぬまま、勢いとパッションで書き殴っていました。

しかし、話数ごとに見返して書いていたので、当然のように3分の1ぐらいで無料視聴期間が終了。そこから暫くノータッチでした。

といっても、この一年で原作が発売されたり、本国でアニメ完結編が放送されたりと、コンテンツ自体は元気だったので、その辺はしっかり把握してますよ!

情熱は!まだ!ある!

 

というわけで、年度も変わり丁度良い区切りだったので、頓挫していた『陳情令』感想を今年中に書き上げることを決意。

腐っても作り手なので、やはり自分が嵌った作品はしっかり分析して記録に残したい。

視聴直後は冷静でなかった部分もあるけど、一年経った今ならもう少しクールな感想を書けるはず……いや、どうだろう、そこは保証できないな?

 

この感想は、構成や演出、キャラの分析と、唐突な萌え語りを光速移動すると思います。ご了承下さい。いろいろと。

ちなみにアニメ(完結編まで)、ラジオドラマ(途中まで)、原作等メイン媒体は一通り見ています。

ただ原作は、「そのうち腰を据えて熟読しよう」と思ったまま今日まで来てしまったので、かなりの流し読みです。

……駄目ですね。「まとまった時間ができたら」は一生やらん……こちらも今年中に手を付けたい。

 

 

※過去のブログでも書きましたが、一応作品情報を記載※

『陳情令』とは中国のブロマンス時代劇で、原作は墨香銅臭作のBL小説『魔道祖師』。

実写ドラマやアニメ、ラジオドラマ、漫画、ゲームなど様々な媒体でメディアミックスされている作品。日本では2021年1月より吹き替え版のアニメが放送され、原作の日本語訳も2021年に発売。

また今月より、アニメ版と同じ声優で『陳情令』の吹き替え版が放送・配信開始。

 

 

さて、前置きが長くなりましたが本編感想です。以下の点にご注意下さい。

 

 

※『陳情令』全話、および原作、アニメ(完結編まで)、ラジオドラマ等の盛大なネタバレ。

※書き手による批評、深読み、独自解釈、萌え語り、乱文。

※原作がBLであることを前提とした解釈。

 

 

以上が大丈夫な方はどうぞ~。

 

 

 

 

 

 

プロローグ編 1話“目覚め”~ 2話“再びの大梵山”

 

去年描いたらくがきを再掲しておきます。

 

まず、初っ端の不夜天の演出が「なるほど」となりました。

他媒体だと、冒頭って「過去に何があったか」をモブに語らせつつ、ほぼ客観的情報だけの演出でしたよね。(私は初めてアニそしを見たとき、冒頭の数十秒「??」状態だった)

『陳情令』では、冒頭を“血の不夜天”にすることで、世界観にすっと入り込める作りになっていました。

この時点では、魏嬰に止めを刺したのが江澄に見えるのも、演出の仕掛けですね。

実際、世間では彼が止めを刺したと語られているわけですから、当然と言えば当然の演出です。

が、33話を見たときにガラッと印象が変わるシーン。

 

『陳情令』では、他にもこういうミスリードをしている箇所がいくつかあります。

何の違和感もなかったシーンが、後々になって「実は行間抜けてたんだよ!」「真実はこうなんだよ!」と明かされる。

すごいのは、行間抜けを気付かせずに、キャラの特徴を駆使して「まぁ、そういうもんだよな」と視聴者を納得させているところ。

そして、後々その行間を埋めたら印象が180度変わる点です。これは自分の作品でも取り入れたい演出法ですね。

 

あと、これは他媒体と比べて大きな違いだと思いますが、『陳情令』では藍湛が魏嬰の最期を見届けているんですよね。

さらっと展開を変えているけど、これ結構大きな違いだと思います。

他媒体では、藍湛が十年以上も彼を捜していられたのは、あくまでも「魏嬰の死に様を見ていないし、死体も見つかっていない」、つまり「魏嬰の死を信じない」という理由があったから。

さらにBL媒体では「好きな人の死を受け入れない」という、飛び道具的理由もありました。(私は物語において恋愛感情は飛び道具だと思ってます。どんな不条理な言動も、恋心があるなら否定できない、みたいな)

でも『陳情令』では、藍湛はどう見ても助からない魏嬰の落下を見ているわけです。

ブロマンスなので、もちろん魏嬰に対する恋心を明言するシーンなんてありません。それとも“死体がない”で一応生死不明としたのかな?ちょっと無理がありそうな気がするけど。

“十年以上魏嬰を捜していた”という設定をカットすれば筋が通りそうですが、2話を見た限りでは「人を捜している」「16年間遊歴をしていた」とあるので、そこは原作の設定を引き継いでいるのでしょう。

最期を見届けている上に、恋愛感情も使えないとすると、16年間魏嬰を捜し続けていた理由付けはどうするんだろうと思わなくもないです。

 

でも、これが『陳情令』のすごいところで、全話見ると……というより、3話から始まる過去編を見るとこの疑問は消えます。

詳細は本編をご覧あれ!ですが、恋愛感情が使えない故に、“それに代わるもの”を丁寧に積み重ねた演出のおかげで「あぁ、もうこれなら仕方ないか」と納得させられちゃう。

この“納得させられちゃう”って、物語を作る上では結構大切だと思うんですよね。

作り手が「この子がこういう行動とるのは当然なんだ!」と思っても、読者にそれを納得して貰うのはめちゃくちゃ大変です。……う、古傷が。

 

さて、講談師の言葉で過去と現在が切り替わり、ここで莫家荘に行く前の姑蘇藍氏の子弟が出てきます。

真相を知っている人は、この辺の細かい仕掛けにも気づく筈。こういう演出がにくい。

原作では、ほぼ魏嬰視点で物語が進む一方、アニメや『陳情令』では客観視点で進みます。故に、前者は彼が関わらない場面の情報が少ないのに比べ、後者の方が客観情報が多く、演出に幅がある印象です。

 

魏嬰の復活ですが、ドラマでは“舎身呪”というオリジナルの術に変更されています。……これってどういう仕組みなんでしょう?(個人的に献舎の術をそのまま使わなったのは良い心遣いだと感じた)

1話の時点では「安らかに死んでいたのに」と魏嬰は言ったけど、後々金光瑶が、舎身呪は重傷者を修復する術だと説明していました。

ドラマ魏嬰は結局瀕死だったのか、実際に死んでいたのかどっちなのだろう。瀕死だった場合、16年間彼は何かしら特別な力で封印されていたのか?

妄想が膨らみます。まぁ、その辺は好きに解釈して~なのかしら。

 

個人的に、舎身呪を物語ラストまで引っ張る展開にしたのは、良い改変だと思いました。最後まで主人公を動かす、わかりやすい原動力になっていたと思います。

やはり、作中で忘羨の恋愛を描けないとなると、それに代わる“理由”を作らないといけないですからね。その辺の理由付け=オリジナル設定は、個人的にはどれも上手かったと思います。

 

そして、傷の設定を変えたことによって、実は莫玄羽の設定も変わっています。

“復讐の対象”が莫家荘の住人だけの他媒体と比べ、金光瑶も対象としている『陳情令』では、“莫玄羽は本当に痴れ者だったのか”という視点が強調されています。視聴者に「語られなかった裏エピソードがあったんだろうな」と妄想させる。

この改変は、物語の重要人物でありながら、作中でその人となりがほとんどわからない莫玄羽の特殊な設定故にできたものでしょう。

個人的に彼の立ち位置は、とても面白いと思います。

本編を見ていないので正しい解釈かわかりませんが、『桐島、部活やめるってよ』の桐島みたいな。劇中に直接登場しないのに、話の中心にいるキャラです。

 

まぁ取り合えず傷やら呪やらを背負う主人公は萌える。

そして、舎身呪で復活した直後だけ見られる魏嬰の乱れ髪が良いぞ!アニそしの夷陵老祖しかり、ちょっと気だるげな雰囲気が良い。

変装するなら、仮面だけじゃなくて髪型もあのままが良かったな……。(個人的趣味)

 

とにかく『陳情令/魔道祖師』は主人公が魅力的。

1話だけでも、魏嬰のシリアスなところ、飄々とした面、悪ガキっぽさ、不条理を見逃さない性格、度胸や有能さ、内に抱える悲しみ、とにかく沢山の顔が見られます。

蘇った際に「人を邪神扱いするなー!」となる原作に比べ、『陳情令』では「恩義を忘れた夷陵老祖……敵討ちにはもってこいか」となるのにも注目。

このキャラ性の違いは結構大きい気がします。

私は原作のインプットが後だったせいか、そっちを読んだときはちょっと違和感がありました。

原作では、魏嬰に限らず多くのキャラが良くも悪くも未熟で、その未熟さを作中でもストレートに表現している印象。変に隠そうとしていないというか。

魏嬰は「直接被害を与えてしまった人はごめん。それ以外は知らん」って感じで小ざっぱりとしているし、藍湛は立派に見えて人として未熟な感じがするし、江澄の棘には強いヒステリーを感じる。

ある意味一番キャラが立っているので、面白かったり可愛かったりするけど、所々「その未熟さはイラっとする」と感じる箇所がなくもない。

他媒体でももちろん各キャラ未熟な面はありますが、原作と比べて未熟な自分を後悔している演出が強めな印象。

間接的にでも誰かを傷つけた場合、程度は違えど迷いや葛藤が生まれ、それに苦しんでいる描写が多い気がします。『陳情令』は特に。

好みは人によりますが、私のベストは原作と『陳情令』の中間ぐらいです。

まぁ、くりむ会長も「メディアの違いを理解せよ!」と言ってますしね。その媒体毎に楽しめば良いと思います。

 

閑話休題。

昼間の痴れ者ムーブ、夜の切ない雰囲気は、良い温度差ですね。

しれっと、思追ちゃんの伏線が入っていましたが、ここって原作ではないシーンですよね??

あれ?あった?

思追が件の曲を聞いたことがある設定、個人的には胸アツです。

それってつまり、乱葬崗で魏嬰が吹いていたのを聞いたってことですもんね?

一応、16年の間に藍湛が弾いたのを聞いた、とも解釈できますが、演出的に十中八九“失われた記憶”の暗示だと思うので、やはり魏嬰からと解釈すべき。あの乱葬崗で、魏嬰が“忘羨”を吹いていたと思うと……切な萌え。

 

ついでの萌え話ですが、私は主人公が一番下っ端世代より、導くべき後輩や若者がいる立場の方が好きです。ベルセルクでも、ガッツがイシドロを指導するシーンが何か好きでした。

だから、魏嬰が先生ぶって思追達と絡むのが超好き。

あと、これは空目かもしれませんが、姑蘇子弟を庇って莫夫人に言い返す前から、思追だけは莫先輩に好感を持っているように見える。

魏嬰の、あからさまに守るんじゃなくて、さりげなく手を貸したり、自分たちで気付くように導いていく姿勢も良いです。先生に向いている。

あと、信号弾を上げるとき、子供たちに全無視されて「あちゃー」ってなってるのはかわいい。

カ・ワ・イ・イ!!

 

莫家荘の騒動は、原作の鬼腕ではなく、追加されたオリジナル設定と陰虎符の設定を組み合わせての事件になっています。

他媒体より見応えがある一方、人によっては分かり辛いかもしれません。

この後の一品霊器の件も、一回で理解するのは難しそう。

あと、個人的にはぬるっと剣が出現していた演出が「う~ん?」となってしまった。投げ入れられたシーンはもっと明確に表現した方が良くないか?と。日本的演出に慣れているせいですかね。

でも、魏嬰の「(ザリッ)(パチン)仕事だぞ」はカッコよかった。圧倒的強者感。自作でも、こういう「くそ……カッコいいな」という演出をしていきたいです。

 

そして、ついにじゃらーん!で登場する含光君。正直初見は笑った。ワイヤーアクションに笑っちまうんだ。途中で慣れたけど。

ついでに、琴が消えたのを見て「消えた!?」ともなりました。いや、アニメだと普通に背負っていたから。まぁ実写だと現実的に無理だったのでしょうね。

 

全体的に設定が複雑なので、前知識なしでどのくらい理解できるのかちょっと疑問ですが、見ているとだんだんわかってきます。ここで理解できなくても無問題。

そして、1話は特に二週目視聴者を楽しませる要素がありますね。真の黒幕を知ってから見ると、また違った楽しみ方が出来ます。

 

 

2話は、他媒体の知識がある人の方が、「何で再び?」となる回ですね。

舞天女像は他媒体だと、「魏嬰お持ち帰り案件」の前振りみたいなものなので、本筋とあまり関係ないのですが、上手くオリジナルの設定と繋げたなぁと思いました。

『陳情令』は、原作のサブクエストを有効活用するのが上手い。

 

スタートから陽気な曲が流れていますが、リンゴちゃんとのコント(?)は平和で良いですね。個人的に魏嬰のロバの座り方がツボなんだよなぁ……細かいところだけど。

あと、あれだ。

魏嬰なんで水飲むときめっちゃ零すの?酒もだばだば零すやん。かわいいかよ。

でも綺麗に飲んでいるときもあるから……わざと?気分?アニメでも滝飲みしていたからもしかして公式設定か。

実はこういうちょっとした所作で、キャラ性って確立しますよね。魏嬰は典型的、やれば誰よりも出来るのにやらないタイプだな。

余談ですが、私はアニそしの魏嬰が非常に姿勢の良い正座をする描写が好きです。

普段は悪ガキっぽさが前面に出ているのに、作法は身に付けている感じが。

もちろん全く触れられない描写ですが、“六芸に秀でている”という設定がしっかり活かされていることがわかります。

 

大梵山に行く途中、モブが普通に夷陵老祖を尊敬していると発言したのには、え、となりましたね。

これだけ大悪人として語り継がれているのに、それでもなお、正道の仙師にも魏嬰を讃える人がいるってすごい。

まぁ現実でも、本当に大きなことを成す人ってすごく好かれるし、すごく嫌われますからね。その辺が妙に生っぽくて、ちょっと胸がモヤウズっとする。

 

さて、何やかんやあって大梵山に到着した魏嬰は金凌と出会います。

私は、ループものや逆行もの、時間跳躍がある設定が好きですが、中でも時間を飛んだキャラが過去と邂逅する描写が好きです。

失った時間の悲哀というか、度し難い感じが。

ここのシーンはまさにそれですよね。二週目だと、一週目には感じなかった悲しみが込み上げてきます。ある意味、かつて悲劇の引き金を引いたのは、金凌に対する魏嬰の愛情だったとも言えますからね。

金凌は登場回こそ生意気なガキンチョですが、回を追うごとに可愛く見えてきます。もはや視聴者が保護者みたいな気持ちになる……江澄、子育て大変だったろうな。

 

江澄といえば、2話での登場シーンがすごいダースベーダー感あって笑ったの私だけですかね。

いや、江澄も愛すべきキャラですよ。これだけツンツンしてても、全話見ると彼の幸せを祈らずにはいられなくなる。

最後に真打(?)、姑蘇藍氏の登場です。藍湛マジでしゃべらんなぁ……どころか、他所のうちの子もしゃべれなくしちゃうからね。

 

でも、金凌へ禁言術をかけるくだりは好きです。

厳しい躾をしそうな江澄は口で叱っているのに、含光君は容赦なく体罰を与えているところとか。実は藍湛の方が短気なのでは?と思う。

縛仙網の件で一戦交えると思いきや、嫌々ながらも金凌に「こたびは含光君の罰を受けよ」と促したところも、江澄のキャラ性が出ていますよね。何だかんだ言って宗主なんだなぁと思いました。

気付きにくいですが、これも一種のギャップですよね。

ギャップ=意外性はキャラの魅力なので、自分でキャラを作る時も意識していきたい。

特に、取ってつけたようなギャップではなく、そのキャラの人生に裏付けされたギャップを考えていきたいです。

その後、ひとり水面を見ながら人非木石を語る魏嬰は切ない。

 

しかし、50話全部見ても、藍湛と江澄は生涯相容れないんだろうなぁと思います。

状況に応じて協力は出来ても、お互いが気に入らない感じが一生抜けなさそう。

いや、まぁ十中八九魏嬰のせいですよね。せいって言い方もおかしいけど。

 

だから、お茶屋のシーンのシュールさがやばいです。めっちゃ空気悪いやん。

店員が不憫過ぎて「ンふッww」って変な声が出た。藍湛の方が使用済みの椀が多いから、江澄が後から来たと踏んでます。

多分江澄が「(クソ……同席したくないが、引き返すのも癪に障る)」とか考えて、あの状況になったに違いない。

しかしこの状況から、魏嬰の笛の音が聞こえて、多分先に飛び出たのは藍湛なわけで……江澄からすると「なんだアイツ、いきなり飛び出てったぞ!?」って驚いただろうな……み、見たかった。

 

その頃、魏嬰は子弟たちへの講義中。

すーぐ痴れ者演技を忘れて、景儀に「痴れ者ではないのか?」って怪しまれるの好き。他媒体でもそうだけど、魏嬰全く莫玄羽になりきる気ないな。

個人的に、魏嬰の「姑蘇藍氏は座学ばかりしていないで実践を学べ(要約)」という言葉は、物語の本質を指している気がします。

 

沢山の知識をつけて、高雅な振る舞いが出来ても、現実を知らなければ何の役にも立たない、と。まさに、かつての藍湛がこれでしたね。

さらに言うと、仙門全体がそもそもこれなんですよね。

弱いものを救うと言いながら、本当に弱いものは見えていない。真の弱者は「助けて」ということすら出来ないことを、立派なお家にいる人たちは知らないわけです。

魏嬰は長いこと浮浪児で、そこから運良く江家で育てられた経験があったからこそ、恵まれたもの達が作るルールでは守れないものがあることを知っていた。

しかし、そのことを誰かと共有する術を持っていなかった故に、過去の悲劇は起きたのでしょう。

かつての藍湛って、行動が型破りなだけでその本質は“正しい”筈なのに、魏嬰がどんどん窮地に追い込まれていくことが不思議だったと思う。

それこそ「邪道を使わなければ(既存のルールを守れば)上手く回る」とか考えていたのかな。

でも多分、魏嬰が「じゃあこれから邪道は使わないよ」と言っても温情たちは救えなかったし、金家の悪だくみも止められなかったと思う。

彼は魏嬰を失ったことで、ようやく現実が見えたんじゃないかな、と。

至上と定めていたものが、「弱いものを守るため」でなく「都合の良いものを守るため」と知って、そこでようやく世の法定と自分の正義を切り離した、みたいな。

魏嬰が死んで、ようやく魏嬰と同じものが見えるようになった藍湛……悲しいけど、こういうの好き。

 

さて、魏先生の講義後に舞天女像が歩いてくるわけですが、このCGは正直「お…おう」という感じでした。

先にアニメを見ていたのでちょっと想像と違うぞ、みたいな。まぁ仕方ない。ファンタジーやバトル描写は、どうやってもアニメがカッコいいよね。

温寧が登場してから、舞天女像が消える辺りはオリジナルの設定ですが、前知識があるからこそ「??」となるシーンです。

そもそも、「何か大梵山に纏わる過去編あるっぽいぞ」という描写全般「???」となる。

 

で!“忘羨”の演奏シーン!風で魏嬰の黒衣がふわっとなるシーンが美しい!

そして!!ファンなら一億回見たい肩ドンからの右腕掴みの流れ!

見直して気付きましたが、温寧が去るまでマジで魏嬰から目放さないな藍忘機。

このときどんな気持ちだったのか、原稿用紙10枚ぐらいにまとめて欲しい。

そして直後から「魏嬰絶対守るマン」を発動。

 

藍湛と江澄のバトルシーンは、音楽がカッコ良いですね。

でもここの見せ場は、江澄の「死んだとは限らん!」「江宗主が殺したのでは?」「……ッ」だと思います。江澄の反応がすごいグッとくる。

江澄の魏嬰に対する想いは愛憎であって、“憎むだけじゃない”というのが良く表現されていますよね。

夷陵老祖に止めをさそうとしたのは自分だし、崖から落ちたのも見届けているのに、魏嬰が死んだとは信じたくないと……江澄のこういう人間味があるところ好きです。幸せになれ。

忘羨は萌えるけど、双傑は尊い。

あと年上相手でもズバッと言い切る景儀くん、そのままの君でいて。

 

で、魏嬰が気絶してからの過去編スタートですね。

あぁ、そうやって繋がるんだぁと。

個人的に藍湛のお持ち帰り宣言は好きだったので、そのシーンがカットされているのは悲しいですが、江澄と景儀のやり取り後に、そんなコミカルシーンが入ったら不自然なので……しょうがないか。

うわー!でも『陳情令』藍湛が「よろしい、ならば私が連れ帰る」宣言するところは見たかった!

 

こうして、ベルセルクの黄金時代篇並みの「もはやここがクライマックス…!」な過去編に突入します。

 

 

 

初回は前置きとか、全体の話も含んでいたので長かったですが、多分この後はだんだん短くなる予定です。(多分)

窮奇道~不夜天のあたりとか細かい感想書けるメンタルじゃないと思うし。

 

次は座学編です!

 

 

aki