R.I.P. KENTAROU MIURA
【三浦建太郎先生 ご逝去の報】
— ヤングアニマル公式 (@YoungAnimalHaku) May 20, 2021
『ベルセルク』の作者である三浦建太郎先生が、2021年5月6日、急性大動脈解離のため、ご逝去されました。三浦先生の画業に最大の敬意と感謝を表しますとともに、心よりご冥福をお祈りいたします。
2021年5月20日 株式会社白泉社 ヤングアニマル編集部 pic.twitter.com/vy923fIqiP
須々木です。
20日にネットで第一報を知ったときは、正直、「あー……」と溜息しか出ないような感覚でした。
執筆ペースは遅いものの、特に体調不安の話も聞いていなかったので「いきなりこれか……」と。
悲しいというよりは喪失感。
そして「ベルセルク、もう続きはないのか……」と。
実は、「どうせ続きはすぐには出ないから、数巻ためて読もう」と思って2、3冊未読のまま放置していたのですが、もう待つ必要もなくなってしまったので、その日のうちに最新40巻まで読みました。
「ガッツたちの旅や戦いは終わらないけれど、それでもこれで終わってしまうのか……」と思いつつ読み進めていきました。
偶然にも、40巻が内容的に一つの大きな区切りで、なんとなく「結局、ここに至る物語だったのかな」と妙に心穏やかになりました。
それから2、3日して、今度は第1巻からゆっくり味わいながら久々に読み返し始めました。
まだ読み返しの途中ですが、内容も全て知っているはずなのに、改めて読んでも強く響くものが端々にあります。
第2話(コミック1巻「烙印」)に、ガッツのこんな台詞があります。
「どんなことだろうと
やりたいようにやって
死んだんだろ?
幸せ者だぜ
そいつは」
三浦先生の死に際して、静かに噛みしめたい言葉です。
一方で、ちょっとの間をおいてガッツの台詞は続きます。
「…もっとも
死んじまったら
それまでだけどな
そこから先は
無いさ」
「悪いけど
少し 寝かして
もらうぜ」
ベルセルクを見れば、重厚な世界を大胆かつ緻密に描きだす画力に圧倒されます。
でも、個人的に本当に凄いと感じるのが、哲学を伝える言葉の力強さ。
言葉がうまい人は結構いる気がします。
でも、ここまで芯のある強さを感じさせる言葉を語れる人は多くないと思います。
「祈るな!!
祈れば
手が
塞がる!!」
印象的な場面や言葉は本当にいくらでもありますが、一つあげるなら21巻のこの台詞です。
この台詞をあげる人は結構いる気もしますが、実は作中でそれほど大きく強調された台詞ではありません。
でも、本当に力強いし、始めて読んだとき「これだ」と思った記憶があります。
「祈るな」は、場合によっては「嘆くな」とも言い変えられるでしょう。
勿論、祈ったり嘆いたりすることで己を保たねばならない人はいるでしょうし、そのことを否定する気は全くありません。
あくまで僕が自分自身に向けて刻んでおきたい言葉であり、理屈抜きにストンと落ちた物凄く分かりやすい表現です。
良い作品に登場するキャラクターは、相手を煽るのがうまい気がします。
読み返していても、ガッツをはじめベルセルクの魅力的なキャラたちは咄嗟に相手の痛いところを突き、相手を動かすのがうまい。
これは、言い換えれば、相手の本質を見抜く感覚の鋭さを示しているのでしょう。
そして同様に、三浦建太郎という漫画家は、作品によって読者を煽るのが非常にうまい人だったと思います。
ハッとさせるような、感情のより深いところから揺さぶるような、そんなパンチ力ある表現の数々は、現代を生きる人々の本質を鋭く見抜いているからこそと感じます。
見映えよく整えられた表面ではなく、その下の層、下の層へと観察を深めていき、そこを突いてくる。
そうやって、現代を漫然と生きる読者を見事に煽り、刺激し揺さぶり、刃を食いこませてくる。
互いに武器を手にし対峙しているわけでもないのに、これができてしまう。
だからこそ、凄い作家だと感じます。
だからこそ、もっと見たかった。
けれど、それは叶わない。
道半ばとは言え、間違いなく偉大な作品を生み出した偉大な作家です。
改めて、ご冥福をお祈りします。
でも、ベルセルク読者としては、あまり祈ってるのもどうかと思うので、これを新たなエネルギーとするしかないのでしょう。
あらゆるネガティブな感情を飲み込んでなお前進するための糧へ昇華してきたガッツのように。
お疲れ様でした。
どうか安らかに。
sho