本読んだよ!1
はい、どうも。
最近加入しました堤です。
本を読みました(唐突)。
今日から夏野さんブログ(映画見たよ!)のオマージュとして読んだ本についてのブログを書くということを始めたいと思います。
てなわけで。
さっそく一発目いってみましょう。僕が読んだ本はコチラ!!
『戦後史入門』著:成田龍一
『永続敗戦論』著:白井聡
です!!!
どうでしょうか、みなさん!!戦後ですよ!!戦後!!僕は戦後生まれの平和の中でぬくぬくと育ったヤツなのですが、批評雑誌で見かけた「小説家は社会や世界について考えていけなければならない」という文芸批評家の言葉がなんとなく頭に残っていまして、それで、ふと思いつきで戦後についての本を読もうと思ったわけなのです。
まずは『戦後史入門』から。
コレは最初に読んで正解でした。これは小学生や中学生でもサクサク読めるんじゃないかな。てゆうか文体も子供に語りかけるようなものだったし。著者も識者向けというよりかは何も知らない若い人向けに書いたのかもしれない。
中身は戦後史と言われる範囲を通史的になぞりながらも、歴史とは何か、という本質的な部分にまで触れている良書でした。発生している諸問題に対する自分固有の意見を叙述するというよりかは、ある意味、教科書的な感じで、普遍的な事柄が書かれていたと思う。だから、哲学的な主張や批評を期待して読むと少しがっかりするのかもしれないが、戦後史を学びたいと思った時、一番最初に読む本としてはしっかり機能してくれるまさに“入門”でした。
さて次。
『永続敗戦論』。
これは本屋でも沢山売りに出されていたし、てゆうか流行ってましたよね、この本。
だから本屋によく行く(でもって人文書のコーナーに行く)人ならば、知っているんじゃないかな。
著者は政治哲学の研究者でレーニンに関する本なんかを出している新進気鋭の若手左派論者(らしいよ)。
一言で言うならば、この本は著者の長年にわたって降り積もった怒りが爆発した、という感じでしょうか。文体から沸々とした怒りが伝わってくる感じでした。
本のタイトルにもなっている“永続敗戦”というワードの意味とは、
日本が戦後、第二次世界大戦で連合国側に敗北したにも関わらず、表向きでは敗戦を認めつつ、その精神の根本的な部分では敗戦を認めない態度をとり続けること。
つまり、自分自身が敗戦国であることを認めないことによって敗戦が永続的に続いてゆく現状のこと指している。
著者はこの永続敗戦レジームが惹起する日本の卑屈ともとれる対米無限従属や、それとは裏腹に展開されるアジア諸国に対する横柄な態度を批判する。そして、中国との尖閣諸島問題、韓国との竹島問題、ロシアとの北方領土問題などの一連の流れから日本という国を内側から規定しているグロテスクな精神(永続敗戦)を暴き出して提示する。
僕はこの本を読んで、たしかにな、とは思った。たしかに、今まで生きてきて「僕って敗戦国の人間だな」とは一度も感じたことはないし、私達は負けました、と社会の授業で習っても、そんなの過去の話でしょ?とか、ふうん、でも今の自分たちに関係なくない?的なことを思わなかったか、と言ったら嘘になる。たしかに永続敗戦レジームは日本人の無意識を支配している。無意識に敗戦を否定してしまっている。
そう言った意味では、身につまされるというか、はっとするような本だった。読んだあと、読んでよかったな、と思った。しかし、これを読んで何かが解決するか、と言ったらそうではなくて、僕たちはこの本を読んだ後、一人一人で考えていかなくてはならないのだと思う。この本には答えらしきものは何も書かれていない。いや、むしろそれがこの本の切れ味であり、特徴だ。僕たちは白井聡によって作り上げられた“考える機会”を無に帰してはいけない。僕が『永続敗戦論』を読み終えた後、誰かと戦後について議論したくなったのも、もっと別の本を読んでみたくなったのも、つまりはそういうことなんだろうと思う。
『永続敗戦論』は痛烈な日本批判の論考だけれど、逆に著者は日本が好きなんだな、と思った。好きだからこそ、熱くなってしまう。日本のこれからを良くしたいからこそ、言わなきゃいけないことは言う。著者のそういったスタンスに侍魂を感じるし男気を感じるし、もう左派とか右派とか関係ないな、と思った。その昔「人間はポリス(社会)的動物である」とアリストテレスは言った。人は完全に社会から逃れて生きることはできない。だからこそ、小説家でなくとも、社会や、日本や、世界を少し考えてみる方がいいのかもしれない(考えすぎて深刻になってはいけない)。すると、案外楽しかったりする。
長くなりましたが、ここまで読んでくれたあなたに感謝します!!
次回は何を読もうかな!!!んー、わかんない☆
じゃ、また今度!!!
tsu