この夏は「シン・ゴジラ」とか「君の名は。」を見に行ったわけですが。
須々木です。
それほど頻繁に映画館に足を運ぶわけではありませんが、この夏は「シン・ゴジラ」、「君の名は。」、「傷物語Ⅱ」の3本を見に行きました。
「傷物語」はまあおいといて、他2作はずいぶん話題になりました(なってます)ね。
庵野さんがゴジラをつくるのも感慨深ければ、新海さんがこれだけ巷でとりあげられるのも感慨深いところです。
いずれも「一見の価値あり」という作品で、見ないわけにはいかないだろうというタイプです。
個人的に、より「おお!」と思ったのは「シン・ゴジラ」の方でした。
過去のゴジラもよく知っているし、エヴァももちろん見ている者として、「こう来たか・・・」と唸らざるを得ないと同時に、作品としても、作品のつくり方としても、本当に考えさせられるところがありました。
特に、極端に作家性を廃し、純粋なシミュレーション映像を見せられているようでありながら、それが最終的に猛烈な作家性に転化する感覚というのは、他に覚えがなく、かなり新鮮でした。
誰もが知っている「ゴジラ」とはあらゆる意味で異なるものなのに、それは感覚的にしっかり「ゴジラ」。
さらに、庵野作品のテイストも別に抑えられているわけではなく、というよりむしろ前面に出ていて、それらが見事に両立している。
本当に危ういバランスに思えるものを成立させているところは驚きで、「こんなことができるのか」と。
一方、「君の名は。」は、純粋に質の高い良作と思いつつ、過去の全ての新海作品を見ている者としては、ある意味で妥当な流れと感じる部分が大きく、世の中の反応がこれほど極端になるのはやや不思議というのが純粋な感想でした。
「過去作だって良作だ!」と言いたい。
新海作品の文脈の中で、別に何ら特殊なことをしているわけではなく、ただ着々と何かを積み上げている、その上に乗っかった新たな一作品と思いました。
ただ、単純に楽しめる作品という意味では、ナンバーワンだと思います。
最もエンターテインメントな新海作品ということを考えると、実は世の中の反応は妥当なのかもしれないですね。
どちらの作品も、いろいろ突っ込んだ話を語りたくなるようなものですが、ここでは割愛しましょう。
興行収入的にもかなりのものである「シン・ゴジラ」と「君の名は。」について、少し備忘録的にまとめておきます。
この2作品、どちらも東宝ということはよく言われますが、庵野秀明と新海誠の二人についても考えてみると意外と共通項が多かったりします。
- どちらも主戦場はアニメ。
- どちらもリアリティーを徹底的に求め、緻密な作品づくりをするが、一方で、非常に個人的で情緒的な描写を入れる(自身の過去のトラウマと向き合うかのように)。
- どちらも「インディーズ」寄り。自主制作的なつくり方をする。
- どちらも宮崎駿がアニメ製作を引退したときに「ポスト宮崎駿」として名があがっていた(他は細田守くらい)。
二人の作品を見て強く感じるのは、どれも「自分が描きたいもの」をスタートとしているという点です。
「今の時代、こういうものが求められている」という部分について、無視しているわけではなくても、作品の土台には組みこまれていないと感じます。
しかし、それが結局のところ、受け入れられている。
創作におけるある種のパラドックスのような気がしますが、それが際立った2016年の夏だったように思えます。
※以上はすべて須々木の個人的見解です。いずれも問答無用の良作なので、深く考えずに楽しむべきだと思います。
sho