人を救うものは、霊的に成長している人です。魂から成長していなければ、救えるものも救えません。 魂が成長しているかしていないか、守護神様、守護天使様、神様が見れば一瞬で見抜けます。鑑定は写真さえあれば神様は一瞬で各国の大統領などの魂の成長度合い、様子や思惑もわかります。魂の成長は職業や人種には一切関係ありません。霊力や魂は自然に属しており、自然がありのままに現れます。
 たとえどんな名誉な職を手にしていたとしても、背中にある霊的な羽がない人かつ自分を成長させようとしない人は、相手への配慮が足りない人になっています。
 羽がなくとも、自分を高めていきたいと思う人はまだ成長していきますが、自分はだめだとあらかじめ投げ出している人はその機会すらありません。
 
 ここでいう成長は、何かをわざわざ学ぶのではないのです。ただ、倫理的に反することをしない、寛容を心がける、あとは疲れ切っているなら余裕があればですが休む、視野を狭くしない、決めつけない、などを心がければ魂も自然と成長します。
 神様は何が成長に不足しているか一瞬でわかります。しかし、指摘して努力するのは本人次第です。

 魂が成長していない場合は、極端になっていくと、人を殺しても何も感じない、血も涙もない、人の生活を尊重できない人になります。そこまではいかなくても、冷淡な人は魂が成長していないことが多いです。

 

 魂が成長すると人付き合いなども変化しますが、魂にとってはよいのです。よく自分探しと言い、自分は何をしたいのか、自分はさまよっていると言うのですが、さまよっている段階は魂がこの世で冒険して落ち着こうとしているのです。冒険は聞こえがよいですが、本人にしてみれば冒険はフラフラとしている状態で嫌だから、早く答えにたどりつきたいと望みます。
 この場合は色んな形の答えがあります。時期がくれば答えが出る、指摘してくれるだけで答えが出る、現状に満足していき冒険心がなくなったなど。冒険が終わるのは魂が納得してからなのです。また、冒険の中にも無駄はあるでしょう。無駄だと思えばさっさと退けばよいのです。穏便に次へ、次へと進むことを魂は望みます。その成長が人々を救っていく魂になるのです。また成長している魂は身近で大切な人と自分を一番に大事にします。
 身近な人が苦しんでいるのに、仕事以外で○○のためと遠くを助けることばかりするのは偽善であり、魂が成長しているとはいえません。

 

 仕事にも魂の成長の度合いが出ます。日常の言動や戦略にも魂の成長の度合いが出ます。人柄がよい人が必ず成功するとは限りませんが、見ている側は人柄がよいというのは気持ちのよいものです。それを悪用する人は、死後反省するまで幽霊でさまよいます。自然の世界に逆らうことは、魂にとってきついことです。