そして言わずもがなガラケーの存在意義は、日夜脅かされ続け、益々その価値の立つべき位置は狭められていく一方なのである。
ガラケーの危機。
ガラケーは風前のともしび。
そしてこのアメバもしかり。
そして、今僕は二重生活を送っている。
今は一人暮らしのアパートで、明日の仕事に備えたひとときを過ごしている。
手元にはガラケーしかない。
今、困ったことが起こったようだ。
数日前、僕にアメともの申請をしてくれた人がいた。
ガラケーでは埒があかなかったが、その時は別れた家族たちのいる別宅でiPadにてなんとか承認する事ができ、アメともになれた。
で、逆に僕の方からアメンバーを申請して、先方から承認された。
はずなのだが、現在この状況下。
ガラケーを駆使しても、やはり彼の記事が読むことが出来ない。
次に別宅に行くのは、早くても明後日夜以降。
そこでiPadを駆使して、リミッターをはずしていくしかない、のだが。
それまで、先方の期待に添うことが出来ず、もどかしい。
ガラケー、おまえってやっぱりもう駄目なの?
僕と繋がるのを楽しみにしていた人をひどくがっかりさせてしまったみたいだ。
やだなーなんかこんな歯がゆい気持ち…

本当に申し訳ない!!って気持ちだな…


ちなみに、ガラケーでこの記事を書く。

























