海外留学に飛び立った日のこと


二十歳そこそこだった私は

よく笑う無邪気な女の子というイメージだ

ったと思う


その当時の口癖は

なんとかなるよ

だった



出発の日、

空港には両親とその当時三年ほど付き合っ

ていた彼氏が見送りにきてくれた





わたしは両親と離れることよりも一年も

彼氏に会えなくなることが寂しくて

電話するねと泣いていた

飛行機が離陸してもずっと泣いていた



泣き腫らして重たくなった目を

鏡で確認する

貴重な瞬間だとカメラのシャッターを押す

今や携帯で自撮りがあたりまえとなった世

の中だがその頃は使い捨てカメラで自分を

とることは珍しくそもそも写っているのか

わからず現像するまでどきどきしたものだ



飛行機を降り立ち

税関のおじさんと挨拶を交わし

ゲートをくぐる


突然甘ったるいチョコレートの匂いや

ふてぶてしい肉の匂いが鼻をつき

咳がでた




なんてことないさ




大きく深呼吸をする



大丈夫






空港の公衆電話から無事に到着したことを

母親に連絡する

数時間前にいってらっしゃいと言ったばか

りの母親の声は受話器の向こうで懐かしく

聞こえた



鞄をとられないようにと胸に抱きかかえあ

ちらこちらに視線を移しタクシー乗り場を

探す






日本で印刷してきたホストファミリーの住

所が書かれた紙を握りしめ運転手のおじさ

んにおそるおそる目的地を告げる




アーユーチャイニーズ?




ノー   アイムジャパニーズ




オー  コンニチワ ハロー





この日を境に田舎娘は一つ成長をとげた





あの時の彼氏とは帰国して数ヵ月で

別れてしまった



一年の間に二度も会いに来てくれたこと

二人でウィークリーアパートを借り長距離

バスに乗って山に旅行にでかけたこと


思い出ノートの大切な一ページ