「私に、お供をさせていただけますか?」
ばあやの言葉に、ケイルは
「お前は…それでいいのか?」
と聞いた。ばあやは微笑み、
「生まれたときから、お二人と一緒に居ることが、私の幸せでしたから、他の道など考えたこと はございません。その時が来たら、ご一緒にと思っておりました。」
ばあやの言葉に、ケイルが言った。
「お前が一番辛かったはずだ、すまない…さくら…。」
ばあやの目から、涙が溢れ出した。
「なつかしい名前です。もう自分の名前さえ忘れていました…最後に呼んでいただき、ありがとうございます。今日まで生きてきて…よかった。」
そう言うばあやを、ケイルは、そっと抱き締めた。
そこに結がやって来た。そして、ケイルを睨み付けた。
「よくもやってくれたわね…皆を逃がすなんて…私をうらぎるの?」
そう言い、結はケイルに近寄った。ばあやは、ただ立ち尽くしていた。
「結もうやめよう、こんな事…今が、最後のチャンスなんだ。」
ケイルが言うと、結が、
「最後…いやよ…私は生きるの、生き続けるのよ。 」
そう言う結の腕を、ケイルはつかんだ。
「この手袋…アザが広がったんだろ…結、お前の体はもう…。」
ケイルの手を振りほどき、結が言った。
「そうよ…どんどん腐っていくわ…生きながらね。あんな血さえ体に入れなければ、私は人でいられたのよ!」
結は怒りで震える体を、必死で抑えようとしていた。そして、
「あの日、この血のせいで錯乱した私が、お祖父様とお祖母様を噛み殺したあの夜…殺すことも出来たはずなのに、あなたは私を生かしたじゃないの…。
それなのに、今になってこんな風に裏切るなんて。こんな事になるのなら、なぜあの日に見捨てなかったの、なぜ殺さなかったの、そうすればよかったのに!!」
深い悲しみの色が、2人を包んでいた。
「こんなになるまで生かしておいて、今さら何を言っているの…。 ふざけないで…あなたのせいよ…私は、全てを手に 入れるまで、死なないわ。」
そう言う結を、ケイルは悲しい目でみつめた。
「みんな、みんな私から幸せを奪うのね…許さない…許さないわ!」
結の目が赤く光り、ケイルを指差すと、空気が刃物のようにケイルに向かって飛んできた。
「危ない、ケイルさま…」
ばあやが、ケイルの前に飛び出した。それは、ばあやの胸を激しく貫いた。
「さくら!!」
ばあやは、崩れ落ちるように倒れた。
ケイルは、ばあやを抱えあげ、
「さくら…さくら…なぜだ、俺なら大丈夫なのに…」
と言った。ばあやは苦しい息の中、ケイルに言った。
「あなたの、ケイル様のお役に立ちたかった…。やっと、お役にたてました。」
そう言い、ケイルの頬に触れた。そして
「ケイル様…最後に名前を呼んでくださって、ありがとうございました。あなたに会えて幸せでした…」
と言い、ばあやは静かに息を引き取った。
「今までありがとう、さくら…。今までの分、ゆっくり休んでくれ。」
ケイルは、ばあやをゆっくり床に寝かせ、結の方を見た。
結は、力を使ったために、苦しそうに肩で大きく息をしていた。そんな結にケイルは
「まだそんな力が残っていたんだな…でも、もう限界なんだろ。それに、その程度では、俺を止められはしない。」
と言った。