office2010のサービスパックをインストールしようとし、たまにはMSのbingでも使ってみるかとMSNから検索してみましたところ…
なんと、MSのサイトが出てきません。

検索ワード office2010 sp1
個人サイトやら知恵袋的なサイトがランキング上位に位置しています。
3ページ目まで行くとMSのoffice2010評価版紹介サイトが顔を出します。
『Office 2010 評価版ほかダウンロード提供中: Microsoft Office 2010』
サービスパックを求めたのになぜか評価版を勧められました。
色々クリックして行ってようやくダウンロード可能なサイトが出てくる遠い親戚のようなサイト。
これは目的にそぐわないと検索結果に戻り、ページを進め、一応検索結果10ページ目まで見ましたがダウンロードセンターは現れて来ません。
1ページ10件設定ですので100件調べて無し。
ダウンロードセンターのみならず、2010のサービスパック関連のマイクロソフト製サイトすら出てこないなんて…

検索ワードが悪いのでしょうか。
サービスパックを正確に書いてみましょう。

office2010 Service Pack 1
だめでした。
関係ありそうで実は無いページが出てきます。

office△2010 Service Pack 1
officeと2010の間にスペースを空けると、ようやく1件目にサービスパックのご案内ページが出てきました。
『Microsoft Office 2010 Service Pack 1』
6件目にはダウンロードセンターが表示されています。
『Microsoft Office 2010 Service Pack (64 ビット版): KB2460049』

どうやらbingでは、webページに記述されている単語のスペースもしっかりと区別して認識している模様。
『Office2010』のようにスペース無しで検索すると、スペース無しで記述されたサイトがヒットする。
office2010は正式には『Office△2010』ですのでMSのサイトではスペース付きで記述されている。
よってスペース無しで検索した場合、ヒットしない。

では最初にダメだった単語にスペースを入れてみましょう。
office△2010 sp1
2件目に説明ページが出ました。
『Office 2010 SP1 の説明』
ここからリンクでダウンロードセンターへ行けます。
ですが10ページ目までの100件を調べてみてもダウンロードセンターへの直リンは出て来ませんでした。

グーグルで試してみましょう。
検索ワードは一番最初の、
office2010 sp1
すると1件目に説明ページが。
『Office 2010 SP1 の説明』
3件目にダウンロードセンターが表示されました。
『Microsoft Office 2010 Service Pack (64 ビット版): KB2460049』
グーグルではスペースを入力する必要はなく、Service Packと長ったらしく入力する必要もありません。
すぐにダウンロードセンターが現れます。

グーグルの場合は、スペース無しであっても自動的に単語単位で分割し、最も目的に近いであろう文字列を検索する。
つまり人間なら文字列『office2010』を見れば『officeの2010だな』と認識するので、その人間の思考に近い解釈で検索結果を出力する。
一方マイクロソフトは検索ワードに記述された通りの検索結果を出力する。

使い勝手を考えるとグーグルが使いやすいになるでしょう。

いずれにしてもMS製品のサービスパックがMS製品の検索で出てこないなんて。
アルゴリズムに不正を犯してでも自社製品はトップに出してくるぐらいの勢いが欲しいところな気もしますが。
今のような検索結果であっては、ユーザーによる積極的な利用は望めないことでしょう。


ちなみに。
Office2010にサービスパックをインストールしてバージョンの確認をしますと、SP1などと分かりやすくは表示されなくなった様子。
細かい数字部分が更新されますのでご注意ください。
14.0.4760.1000 無印

14.0.6023.1000 SP1


まぁ家ならOpenOfficeで事足りてますがね。


明晰夢とはウィキペディアによると以下
―――――
睡眠中にみる夢のうち、自分で夢であると自覚しながら見ている夢のことである。明晰夢の経験者はしばしば、夢の状況を自分の思い通りに変化させられると語っている。
―――――

やってみたいけどできない な人がたくさんいるようですので私の体験談でも。


中学生の頃です。
特別なキッカケがあったわけではないのですが、次第に(なぜ夢の中では夢であると認識できないのだろう)と思うようになっていました。
そしてどうすれば夢を夢であると自覚できるのかと考えて、ひとつの方法を思いつき試してみることにしました。
私はベッドで寝ていますが、
「次に自分がベッド以外にいればそれは夢なんだ」
と、寝る前に自分に言い聞かせるのです。
意識の中でこれをしっかりと持っておく。
眠り尽きるまでなるべく意識します。
これを毎日続けていきます。
自然に意識できる状態に持っていくのです。
最初は失敗が続くでしょう。
朝起きてから「あー今夢を見ていたのに」と悔しがれるようになったら成功は近いです。
大体は起きたときに言い聞かせたことを忘れていますので。
そうして一週間程続けたある日、夢の中で「ん?これ夢なんじゃね?」と気がついたのです。
が。
パチリ。
起きてしまいました。
どうやら夢の中で夢であると気がつくと目が醒めるようです。
ここで一旦絶望しましたが、これもきっと慣れてくれば夢だと気づいても目が覚めなくなるんじゃ。
と考えて再び実行しました。
そうして一週間後。
夢の中で何やら既視感が…
「あれ、この光景どこかで見たことがあるぞ」と考えた所で「ああ!夢だ!」夢で見たんだと気がついたのです。
そう、今はベッドにいない、ならやっぱりこれは夢なんだ。
はっきり自覚しました。
目も覚めませんでした。
夢を維持。
その時見ていた夢は、童話のような世界でのもの。
森の中で七色に光る草花、緑とピンクの木、たくさんの友達。
自覚していることを確かめるために体を動かしてみると自由に動く。
木に触れてみると確かに触れる。
転んでみたりしたんですが、その感触もあったはず。
夢の中のみんながやっていた遊びが、木に大きな穴が空いていて、そこに入ると別の木の穴にワープするというもの。
じゃあ穴に入ってみようと思ったところでふと、この夢が自分の意識によって作られているのではと、疑問が浮かび上がり始めました。
つまりここで自分が何かを思い描けば全てそのようになるのだろうと。
試すため、今目の前にある木に赤い花を咲かせてみました。
蕾や芽などは全くありません。
木の幹の部分にいきなり咲かせてみました。
そしたら咲いた。
やっぱりそうだ。
全ては思い通りになるんだ。

その後、木の穴に入りました。
別な木の穴から出てくるところを想像する。
出てくる。
ここで…興ざめな気持ちになりました。
思い通りになる、全ては想像できる、だがこれは夢である、現実ではない、夢の中。
ならいくら思い通りになったところで現実には何の影響もない。
懸命にやってきたが、力をいれるほどのものではなかったんじゃないか。
そう考えた所で。
目が覚めました。

全てが思い通りになることは楽しいことでしょうが、それが夢の中であっては楽しめませんでした。
想像の中で楽しんでいることとそれほど変わらない。
妄想をリアリティ側に少しレベルアップさせたものが明晰夢。
私にとってはそこまででした。
世界や出来事、人や人の言動までが思い通りに動かせてしまう。
結果も意のままに。

その後、明晰夢を見たのは二度ほどでした。

明晰夢が楽しいのかどうかは人それぞれに別れることでしょう。
体験していないことは体験してみたいと感じるのが現実に生きる人間でしょう。
その現実に僅かながらでも力になれればと、そんな願いがうっすら込められているのが本日の記事です。


※ 追記
ポイントは無意識に対し意識的な感情を持ち込むこと。
「ベッド以外にいれば夢」のように、そこは夢であることを無意識に自覚させるようにする。
寝る部屋でも良いです。部屋以外にいれば~
自分にとって分かりやすい何かであれば成功しやすいでしょう。

これを応用すると、見たい夢を見る事も可能になってきます。
私はエヴァンゲリオンの夢が見たくて、寝る前にエヴァの事を考えながら眠る習慣をつけました。
すると一週間もしないぐらいでエヴァに搭乗する夢を見る事が出来ました。
その時のエヴァの外見は完全にガンダムでしたが。

「どこ行っても同じですよ」

うん、それを言われてなぜこの店で買いたいと思うと思う?
「そうかどこ行っても同じなのか。なら他に行くのもメンドイし、この店で買うか。いやーいいこと教えてもらいまして、わたしゃーもうあんたのみせにおんぶにだっこですよ」
ってなりますかね。
同じって台詞を言うことは商売に対してのやる気が無い。
同じだと分かっていながら、なぜそれ以上を作ろうとしない?
全て同じであるとまで分析しながら、あと1ポイント追加すれば他社全てを上回ることが可能である到達点を、何故分析出来ていない?
1ポイント加算するだけで確実に1位になれるのに。

他社よりもこんな良いものを開発しました。
他社よりもこんなにお安い値段で提供しています。
他社よりもこんな良いサービスをしています。
そうやって他よりもより良くしていってこそ顧客から選ばれるのではないか。
『今なら1個増量中』の商品があるのに増量前の商品をわざわざ選ぶだろうか。
顧客は利を求める。
他と同じではそこに利は無い。
他よりも良いんだと感じさせることによって、顧客は利があると認識する。
利があると分かれば顧客は商品を買う。
同じですよ発言をしていているならば、その企業に利は無い。
それは企業として良い部分が無いということ。

お客も仕方なく購入することになるし、社員たちも大して頑張らず適当な感じで働いているのだろう。
それで良いのだろうか。
楽しいのだろうか。
貴重な時間を無駄にしていないか。
仕事は辛いが、何かに向けて一生懸命打ち込むことは楽しく感じられる時間になるのではないか。
頑張ることは自分自身にとっても有益だろう。
自分の利になっている。
ならばそれを取りに向かって欲しいと考えられますが、いかがでしょうか。


いつも記事の最後にオチを入れていますが、どの記事も同じと思われると嫌なので、今回はパスしていいですか?
一ヶ月ほど悩んで兆しすら見えて来なくて投げ出したわけではないんですよ。


◆「?!」

!? だろう

◆「その背後では米国籍を持つ国際テロ組織「アラビア半島のアルカーイダ」の幹部アンワル・アウラキ容疑者が暗躍し」

アンワル
アン ワル

◆「まだ時期が早い。慌てるな」

ドラクエ10
Windows8

◆「Windows 8はタッチ強化 iPad追撃意識」

真似する立場に変わっている

◆「日清のどん兵衛ブランド15品をリニューアル発売」

また値上げする気だろう

◆「ノンアルコール飲料、種類豊富に=カクテル、ワインでも新商品 」

そこまでして飲みたいか? ジュースでいいだろう

◆「キネクトの日本での販売、予想下回る=日本マイクロソフト幹部」

発売当初の話で、電気屋での前のめりすぎる宣伝マンとスルーな顧客の温度差が激しすぎて風邪引くわ

◆「911は米政府の陰謀 イラン大統領」

その通りであるが、真実を公表するものは抹殺される

◆「米国民34%、「クリントン大統領」ならより良い国に」

印象としてそうなってしまう。ブッシュは悪いがオバマは時期が悪い

◆「宇宙ごみの衛星、23日にも落下=人に当たる確率3200分の1―NASA」

当選日迫る

◆「15年間で89万冊水増し 横芝光町立図書館の元職員、貸出冊数を虚偽報告 」

公的機関であるほど虚偽・嘘・捏造は日常茶飯事

◆「派遣労働者300万人割れ 10年度11%減」

それでもIT業界の多重派遣は消えていないと中の人は語る

◆「イランのアハマディネジャド大統領」

アハマディネジャドアハマディネジャドアハマディネジャド

◆「映画の最初のスタッフロール」

邪魔




広告などでこの謳い文句を、最も売り上げに響く言葉第一位な感じでデカデカとアピッてくる。

販売台数 ○○の実績
売上本数 ○○の実績
契約者数 ○○の実績

販売数実績を広告に載せると、その理由で買うお客が出てくる。
「販売実績があるのでこの商品は信頼できる」
この理由で買っては、その商品が確かに良いものであるかの判断を行っていない。
販売実績が販売実績を呼んでいるから。
みんな買っているから安心。
そのみんなもみんな買っているから安心と考えて買っている。
数字の伸び始めのころは商品の実力でしょう。
しかし実績を言い出した時点で、商品に対する信頼性は低下していく。
販売実績が販売実績を呼んでいるから。

どれぐらい売れているのか気になるのであれば調べれば良いぐらいのレベルのもの。
それを購入理由ランキングの上位に位置づけるものではない。

調査が必要。
その商品が購入目的を満たしているか。
満たない部分は何点あるのか。
問題点は何か。
その問題点は許容できる範囲のものか。
価格は。
保証は。
サポートは。
耐久性は。

こういった調査を、販売実績に含まれる購入者がやってくれたんだろうと思い込みで買っている。
そうして買ってみて、失敗したと感じたことはなかっただろうか。
自身の人生の中で、買って後悔した実績があると思う。
他人任せにして後悔するのと、尽力を尽くして後悔するのはどちらが良いだろうか。
後悔が先の未来を明るくする過程になる手段を選んだ方が、人生における幸せ数を増やしていく。

「売れている商品の方がたくさんテストされている。販売数全てがテスト数。売れているならその商品は安全だ」
論理としてはそうである。
だが何も調べずに鵜呑みにしてはならない。
回避策が存在するのであれば、不具合を抱えたままに販売が継続されている事例は多々ある。
買ってから問題に気づく。
その後で調べてみたら同じ被害を体験しているユーザーが沢山いた。
こんな例はありきたりなものとして実績を積んでいる。

「実績が無いと、その商品は購入しない」
その考え方を100点満点としよう。
全ての人間が、企業がその考えを持つ。
これで新商品の発売日、誰が買うのだろうか。


Windows Meを買って二日で叩き割ったラミザさん。


わざわざ『勝手に』と断ってくる。
どこに断っているのだろうか。
断り先を明記しているものを見たことはない。
無断でランキングすることは悪いことなのか。
どこに対して悪いのか。
どうして悪いのか。
一体何に怯えているのだろうか。
分からない。
無断でランキングすることを悪いことであるとしよう。
だが『勝手に』を付けてくることから推測すると、おそらくどこかのランキング委員会からの許可は得ていないものと思われる。
だからこその『勝手に』
つまり『勝手に』を付けても付けなくても結果は『許可を得ていない』であり、犯した罪に変わりはない。
それに、付けてくるなら罪を自覚している証拠であって、むしろ早く自首していただきたいと思えてしまう。

「あれよりもこれの方が好きだなぁ」と思うことは自然にあり得ることだろう。
ならば脳内ではランキング形式を自然発生させている。
自然行為。
映画のベスト3を公表したとき、ランキングから漏れる映画があったなら、漏れた映画を侮辱していることになるのか。
そんなことはないし、人間十人十色。
人それぞれに感受性があり受け取り方が異なる。
一位もあれば十位もある。
全ての作品が同率の第一位なんてことはあり得ない。
あり得るのは現代のゆとり運動会ぐらいのものだ。
人によって作品の評価はそれぞれ異なる。
『生理的に無理』なんて言葉もあるぐらい。
人それぞれ。
ならば好きなもの、嫌いなもの、どちらともいえないもの、自然な順位が出来上がる。
ランキングはあくまで自然な行為だろう。

断りを入れてくることは、どこかからかの批判を事前回避するためであろうと考えられる。
いつからこの国はそれほどまでに他人の評価を気にしてしょうがなくなったのか。
恐れすぎだろう。
慎ましいのではなく臆病。
他人を恐れすぎている。
他人が怖い。
批判されて自分が傷つくことが怖いのだ。


人の心には欠けた部分がある。
心が欠けているために人は傷つけ合い、傷ついてしまう。
誰も傷つきたくない。
人は心を守ろうとする。
傷つくことは心が痛いから。
痛みは死という終焉を回避するための感覚。
人は死にたくない。
生きたいと考える。
その生への欲動が自我境界を作り上げ、心を守る領域が形となる。
それでも他人の恐怖は消えない。
ならば欠けている心を補完すれば良いのではないか。
しかし人はもうこの形で出来上がってしまっている。
なら人をもう一度作り直せばいい。
人類としてやり直せばいい。
新しい完全なる人間へ。
初めに戻す。
生命の初めに戻し、新生なる人類を誕生させるのだ。
そして他人の存在を無くしてしまえばいい。
他人がいなければ自分が傷つくことも無くなる。
心は常に至福に包まれる。
安らぎが心を満たす、永遠の時間が生まれる。
自分一人だけの幸せな時間。

そんな理想郷を人工的に作り上げる人類補完計画を遂行するゼーレの思想も致し方ないだろう。


※ 補完計画部分は私の勝手な解釈です。


ノートパソコンのメリットは以下のようなものでしょう。
・小さく軽いので持ち運べる
・まさにノートのように使用でき、会議中にパソコンでメモを取ることやその場でネットから調べることが可能

デメリット。
・画面が小さいためスクロール回数が多く見づらい
・性能も小さいため動作が鈍い


会社によって適用の違いはあるでしょう。

正社員でも協力会社でも全面的にセキュリティワイヤーによって持ち運び不可にされている。
ノートパソコンである本来の真価はセキュリティワイヤーの呪縛により封印されている。
そのために彼は封印から漏れた微弱な性能しか発揮できていない。
セキュリティワイヤー
時代の生み出した拘束具。
利便性は甘き蜜か苦き毒か。
セキュリティの風(とき)の中、歩みを進めるその足にいくつも絡みつく情報漏えいの魔の手。
直接心臓を撫でられたような恐怖に襲われ、身を縮める。
気のせいか、いつも以上に小さく見える彼の身体。

15時から会議があるからとノーパソを持って行くことは出来ない。
いや正式には可能であるが、事前申請が必要となる。
これが手間。
しかも小規模な打ち合わせは唐突に始まることも多い。
その唐突な中に結構重要な会話がなされる場合もある。
だが頼みのノートパソコンは依然セキュリティの呪縛にあり即座に身動は取れない。
仕方なく紙を持って行くことになる。
打ち合わせから戻り、紙製メモ帳に書き込んだ項目を電子化するためにノーパソに打ち込みなおす。
紙と電子に二重登録。
二重登録されるシステムは設計自体が間違っていると教育された社員もいるだろう。
根本から考え方を変えなければならない。
しかも打ち合わせの友であり戦友であるノーパソに、自身が参加できなかった屈辱の傷が癒えぬまますぐに打ち込むことになるとは。
もう彼のプライドはズタズタ。
ファンの音がうめき声のようにも聞こえる。
スクリーンセーバーの映す黒き画面は己の未来を現したものなのか。

盗難防止を掲げるセキュリティワイヤーですが。
犯人は外にいるとは限らない。
内部にいる場合もある。
玄関にはガードマン、フロアに入るためにはカードが必要と外からの侵入は大きく防ぐが、内部からの持ち出しには弱い。
そのために24時間体制でノートを繋ぎ止める。
本末転倒。
ワイヤーを使うぐらいなら始めからデスクトップにすればいい。
画面も大きいし性能も高い。
しかし不思議に思うのは、デスクトップに関しては自由の草原を走り回らせていること。
鎖は無い。
本気で盗難目的な犯人が存在するのなら、デスクトップであっても背負って行くだろう。

結果、デメリット利用を促進していることになり、これは現場を見ていない人間がこの制度を決めているいい証拠だろう。
またはノートであってもたいして仕事の質が変わらない人間。
会社全体を見ていない人間。
おそらく口説き文句は、
「ノートなら持ち運び出来て便利。盗難防止を考慮してワイヤーで繋ぐが、申請すれば開錠可能」
それを社長からなのかPCメーカーからなのか告げられたのだろう。
そうして社内のほとんどのパソコンはノートとなる。
よってデメリットに対してのみ表現の自由を与えられたノーパソを利用させられるわれわれ社員。
ではどのようにこのマイナス部分を回収しているかというと、残業になる。
残業によって、失われた時間を取り戻しているのだ。


そんな考え方の結果、労働時間が長くなっていく。

GIGAZINE:「最も労働時間が長いのはどの国か」が一目でわかるインフォグラフィック


去年でしたか。
郵便受けに国勢調査の封筒が届いておりまして。
どうしようかと迷っていたある日。
どうやら国勢調査の回収担当の人が来たようで、玄関に迫ってくる足音が聞こえてきました。
で。
カチャ。
(‥ )ん?
え?
あ。
これは。
なんと郵便受けの中を覗いているのです。
つまり、事前に入れておいた国勢調査の封筒が郵便受けの中に入っているか確認している。
私の家はアパートなので、どの部屋に人が住んでいるのかは調査員には分からない。
封筒がなければ、それは住んでいることの証明になる。
そのためにまず確認してきた。
そして コンコン。
ノック。
………
逆だろう。
ハルヒが部長氏の家を捜索しに行った時に、いきなりドアを開けようとしてからノックしていることと同じ。
ただの人間には興味ないのか。

私たちはテレビやネットでも国勢調査によって集計されたデータに、知らずに出くわしていることがある。
地域、人口、年齢、職業、世帯。
集計された結果をわれわれは知らずに目にしている。
データを集めることは非常に有益な結果を生む事例が多々ある。
ですが、やり方に納得できない。
普通そうでしょうが、私のアパートはドアに口があってポストは内側に作られている
なので口を覗くことは、部屋の中を覗かれている気がして気持ち悪い。
ボンネットに手を置いて、その熱でさっきまで車を動かしていたかを探る探偵のよう。
そんな私生活を姑息に探る行為に、協力的になれるだろうか。

数年前だったか。
警察がうちに来て「住所氏名年齢を集計しているので記入して欲しい」と言ってきた。
身分証を見せてこなかったので、そのことには触れず単に拒否したら、
「記入いただけない場合は、捜査で協力できないことがありますのでご了承ください」
なんてことを言ってきた。
いや、警察はそんな職業なのか。
市民の見方じゃないのか。
こちらの協力があって始めて協力するのか。
それに警察の給料は税金から支払われているのではないのか。
なら、われわれは警察に給料を支払っていることになる。
それだけでは足りず、更なる協力を求めてくるのか。
なんという強欲。

子供のころ、警察にあこがれていたこともありましたが。
相手が非道でも正当を貫くからかっこいいんじゃないのか。


五目並べで石を置くとき、掌にもう一つ隠し二つ置くと以外にバレず連戦連勝を重ねていた私に言う資格はないですか。
その意見、正当なり。