3年前だったかに見て面白かった記憶があって今回のを見たのだが
なんというか
もう言う必要も無いだろうことであるが
高校生は何も悪くない
悪いのは番組
最近の番組でよくやる手法、煽りまくる
一問やるたびに煽りが入る
そして一問ごとにインタビュー
正解数ランキングも一問ごとに出るタイミングもある
で学校紹介も多い
開成や灘の紹介は3回ぐらい見た気がする
煽りによってネタバレしている部分も多々ある
「ここから灘の怒涛の反撃が」
と書かれたら次の問題で灘は正解したんだなと分かってしまう
ああいった競争ごとは、結果を知らないから楽しめるのだろうに
煽りによってちょっと知恵を働かせれば結果が分かる
結果、面白くない
決勝戦は1校 対 1校の対決だったが、これも問題の合間にインタビューやらゲストのしゃべりやら司会の煽りやらナレーション・テロップの煽りでまったく進まない
これじゃあ集中できないだろう
学生が可哀想だ
せっかく今までがんばってきたのに、番組によってその頑張りを壊されたかのような印象
結論として番組のテンポが悪すぎる
学生と視聴者の気持ちの流れを切らしている
こんなに無駄な演出が多いのなら、1回戦の30問をすべて放送して欲しかった
半分以上だったと思うが、正解したシーンのみ放送されていた
無駄の数々によって…
30問すべてで考えているシーン、悩んでいるシーン、相談している、正解して喜ぶ、間違えて悲しむ
それぞれの場面を見たかった


以前、バラエティに対して苦言を呈した記事でも同じようなことを書きましたが
もうテレビねたはやめようと考えています
悪い方向にしか流れない
悪いものが良くならないので
この番組は録画して見たのですが、早送りした回数があまりに多かった
おそらく放送時間の半分ほどしか実際の視聴時間は無い
つまり半分は無駄であるということ
こんなもの無料だからといってわざわざ見る必要は無い

テレビは特別なことがあったときにのみ書くことにします


500mlは少ない
水系は530や550と容量を増やしてきている
500を超えないと一口分足りない
足りないという感情
ここに再び購入させようというトリックが隠されているのだろうか

コカコーラ社のペットボトルを見てください
あのスタイリッシュさ
痩せ型ではあるが、出るとこは出て引き締まるとこは引き締まっている
女性の憧れるスタイル第一位
それがコカコーラ社のペットボトル
憧れをぜひとも現実に
そう思い、コーラZEROを大量購入し、自分の体を変えようと、日々太り続ける
逆転のコーラ太り
そんな罠に落ちた女性も多いとかいないとか


そんな通知がレジの辺りに張り出されている店がある。
張るのではなく言ってこいと思う。
レジ袋が必要ない場合、お客であるこちら側がわざわざ告げなければならず、ひと手間煩わすことになる。
小さな手間ではあるが、そのことが抵抗となり、本当はレジ袋が必要ない場合でも申告せずに、袋をいただいてしまう状況が生まれる。
無駄な袋を生んでいる。
解決策はただ一つ。
レジの店員が聞いてくればいいだけ。
そうすればこちらは「はい」か「いいえ」と、某オンラインRPGの選択肢のようにシンプルに回答することが出来る。
それを言ってこないということは、
膨大なお客全てにレジ袋の是非を聞くことは、あまりにもダルくさいくメンドウであると考えている証明となるだろう。
怠惰の根性丸出しな経営方針。
本当にエコに、地球環境に協力する意思があるなら、レジの店員が全ての客に伺いを立ててこそ環境貢献への証だろう。
積極性を示すことで努力している度合いが分かる。
それを客任せにしているのであれば、エコへの貢献も客任せであるということ。
貢献しているのはわれわれお客であって、企業ではない。

企業は収益を目指すのみではなく、より豊かな社会生活を構築するための先導者となる必要がある。
地球環境の改善を目指すのであれば、改善へ先導していく必要がある。
資金力によって実現できる内容に大小の差は出るだろう。
だが、レジ袋なら店員が聞くことによって先導できる。
そこに金額的問題は発生しない。
後はしゃべり疲れのフォローとして、のど飴でも渡しておけばいい。

それにレジ袋はサービスで受け取っているが、企業側は無料で仕入先から購入しているわけではないだろう。
十枚で1円とかそんな金額ではあろうが、いずれにしてもコストである。
企業が高い利益を得るためにはコストを抑えるのが基本。
ビジネス的観点から見ても、レジ袋が必要かどうか毎回客に聞くことは必須。
「いらっしゃいませ」を言うことと同じだ。
挨拶レベルの行為。
いや、それよりも確実にレジ袋の金額削減という目に見えて効果が現れるものであるため、「いらっしゃいませ」より見える化されている。
ならば「レジ袋は必要ですか?」と聞く以外の選択肢は存在しない。
にもかかわらず、どこから見つけてきたのか『聞かない』という選択肢を選んでいる。
砂山からたった一つの砂粒を見つけ出した発掘眼力。
それほどの眼力がありながら何故聞くことの優位性を見つけられていないのか。


昔、レジ袋が有料化される話を聞いて、これ集めたら売れるんじゃないかと考え、500枚ほど集めて、結局有料化されず、台所で山になっているんですが……どうしたらいいんだろうこの問題。
ニュースのエンターテイメント化。
ざっと最近のニュースでそれっぽいものを集めてみた。

・米国債格下げショックが米国益に 米軍事費は世界が負担?
・iPadに強敵現る? Amazon Kindleタブレット、こんな感じです!
・吉瀬美智子、夫婦円満の秘訣は「節電」?
・6連敗ロッテ、パ初日本一→最下位!?
・日本航空の操縦士、韓国の航空会社に集団転職?
・民主が“国会逃避”…問題閣僚を追及から守るため?
・中国への欧米の不信感を象徴!?イタリア映画に「中国語を話す宇宙人」が登場
・ついに透明人間になれる日が来るか!? 生体をゼリーのように透明化する薬を日本の研究所が開発
・人海戦術時代の終わり?「世界の工場」中国で地殻変動


芸能ニュースなど、元からエンタメ化しているニュースであればハテナを使用してもかまわない。
だが、本来ニュースは事実を伝えるのがニュースであると思うのだが。

この現象、特にインターネットによって拡大されたものであろう。
収益を上げるため閲覧数を増やすにはどうすればいいのかを考えた結果、憶測をハテナ付き見出しに変異させている。
見出しは読者にとってニュースの中で最も力のある文章となる。
その文章にハテナ付であっても、可能性の域を超えない『予想』を加えては、事実と異なる認識を読者に与えてしまう可能性がある。
未確認な仮想的事実を人々の記憶上の事実として確定される恐れがある。
『予想』から『定理』へ変えられる。
インターネット社会、あらゆるニュースは膨大な数のサイトにリンクされている。
ニュースサイトから見出し情報をRSSで受信している方も多いだろう。
またはそんなサイトもある。
この場合、見出しをクリックしない限り、見出しそのものが事実として扱われる。
『予想』から『定理』への変換が当たり前のように行われ、日常と化している。

ハテナを付け加えるんだったら見出しは無法地帯となる。
もしアップルが家電に興味を示したとすると、
「アップルがパナソニックを買収か?」
と、煽りのみに全力投球したニュースを作成することが出来る。
サムスンとの訴訟問題が和解すれば、
「アップルとサムスン業務提携か?」
と世界中からクリックされる記事を書くことも出来る。
これはもはやニュースではない。
アフィリエイトサイトが強引に閲覧数を水増しするために取り入れている行為と同じ。
とにかくアクセスされれば勝ち。
一時的に閲覧数は増えるだろうが、同時にそのサイトそのものに対する不信感も増す。
見出しを読み、記事を閲覧したユーザーは事実を求めて閲覧している。
だがそこに見出しのような事実は存在しない。
いや、見出し自体が疑問形であって事実を含める気など最初っからないのだから。
リピーターは生まれない。
それ以来、リンク先のサイトが裏切られたサイトであればクリックすることを拒むだろう。
間違えてクリックしてしまっても、サイト名が見えた時点でそのタブを閉じる。
記事はまったく読まれない。
そんな記事に一体何の価値があるのだろうか。


今年の新聞週間の代表標語が選ばれたようで、
MSN産経ニュース
以下らしい。
「上を向く 力をくれた 記事がある」
佳作には
「あの日 新聞は 祈りだった」
「悲しみを 希望につなぐ 今日の記事」
などが選ばれたそうです。

見出しにハテナを含んでいても、記事自体には真っ向勝負を挑んでくるものもある。
一部において記事自体にも存在価値がないものもある。
この一部が問題なのだ。
上を向く力を与えるような記事を、ニュースサイトであると胸を張るなら記載していただきたい。


それでは私の考えた標語を二つほど。
「真実は 磨かなくても 輝ける」
「下を向き 拾ったお金で 新聞買う」
◆「オンデマンドのためテレビ番組が始まるのを待つ必要がないだけでなく~」

来年の番組も映るのかよ

◆「為替市場を注視し、必要なときには断固たる措置とる」

その台詞、飽きた

◆「ファールボールにご注意ください」

ぶつかった後に言われても傷は癒えねぇ

◆「2番目にお待ちのお客様から」

会計中の客は待ってないから、1番目にお待ちでは

◆「ツタヤにアニメブルーレイがない」

◆「ガラスのコップ」

アブドーラ・ザ・ブッチャーの額のようにすぐ割れる

◆「自動ドア」
ボタン押して開けるあれは手動でも開けられるようにすればいい
ボタン部分を取っ手として使用
災害対策になる

◆「はぁ?」

って言わないほうがいい。力強く言う人や重要な状況で言う人ほど、頭の悪い人間が多い

◆「アニメのブルーレイボックスのイラストを原作者が書いたりするが」

アニメはアニメの絵を楽しみたい

◆苗字「後藤田」

なぜ後藤で終わらず、田をつけた

◆「女子高や女子大に入学する人」

分かるが、人生損してると思う

◆「コンビニのおでんがもう発売開始」

1年中売っておけばいい

◆「大変強い憤りを感じており」

強い憤りを感じたやつは強い憤りという言葉を使わない

先月見た映画がなんだったか思い出そうとするがまったく出てこない
どこの劇場で見たかは覚えている
が、作品の名前もそうだが内容や映像なども完全なる白紙
本当に先月映画を見に行ったのか、それさえ存在しない現実だったのではないかと思えてくるほど
で、ネットで調べてみたら「あーー」と思い出した
モールスだった
そうそう確かにモールスのやり取りがあった映画だったが
どんな物語だったか思い出せない
なので公式サイトを見てみることに
トップページでいきなり予告編が上映される
それを見て
あーーそういえばこんな感じだったかなと、薄っすら内容を思い出し始めたが
どんな結末だったのか思い出せない


風の谷のナウシカでもモールス信号のやり取りがありました
トルメキア軍の飛行戦艦の2機がモールスで会話をしている
「・・--」
「・---・」
あれが何を伝え合っているのか分かりませんが
見ていてふと思い浮かんだこと
きっとこんなやり取りだったのではないか
「きょうのばんめしは?」
「きのうののこりものだ」
「ほしいものは 手に入れるのが おれのやりかたさ」


何気なく街を歩いていて目に留まりました。
松屋がビビン丼を期間限定で値下げするそうです。

松屋フーズ

店の窓にこのポスターがでかでかと張られている。
普通に考えると値引きを予告することはデメリットしか浮かばないと思える。
5日から値引きと分かったら、値引き後の日付まで買い控えるだろうから。
だがこの広告、店の扉にでかでかと貼り付けており、いつから適用なのか書かれていない。
よくよく見渡すと、自動ドアの目線より下辺りに小さな赤で『9月5日 15時より』と、非常に奥ゆかしくお淑やかに告げている。
ぱっと見、それは見えない
明らかに、間違って入店することを狙っている。
つまり、
「あ! 350円なのか。じゃあ食べてみようかな」
「ん? 食券のボタンは430円と表示しているぞ。間違ってるじゃないか」
「すいませーん」
「え? 9月5日からですか?」
「なんだぁー まー 入店しちゃったし、他行くのもメンドイし、ここで適当に食べるか。じゃあ320円の牛丼をぽちっとな」
これを狙っている。
予告するのなら値段と同じぐらいの大きさにて日付も書かないといけないだろう。
そして同じポスターに記入しておかないといけない。
そうしない場合、詐欺と変わらない。
本当は安くなっていないのに安いと思わせる、やすやす詐欺。

これを認めてしまうなら、入り口の扉の表側に金額を書いて扉の裏に日付を書く、なんてことも出来る。
食券販売機も予告の金額を全面的に採用しておけばいい。
ボタンには全て予告の金額を表示しておく。
そして販売機の側面辺りに ※9月5日からです。現在の値段とは異なります と書くことも出来る。

こんな詐欺的商法は世の中にいくらでもある。
松屋の例のように客の勘違い・間違いから金を掬い取ろう、そんな魂胆丸出しなのが電車の運賃。
少ない金額では下りられない。
だが多い金額では余剰分を返還してもらえない。
一度支払ったお金はもはや鉄道会社のもの。
何があっても返してもらえない。
「お前のモノは俺のもの、俺のモノも俺のもの」なジャイアン信教の信徒であるかのような行為。
いくら問題を投げかけ、その理論が間違っていることを訴えても通用しない。
最終的にこう言われる。
「正しいのは、いつもおれだ」
反論できない。
過去に、
昨日20円多く支払ってしまったから、今日は20円少ない切符を買って改札を強引に出てやろう。
そんな考えが過ぎり実行に移してしまった人もいるだろう。
だが相手はジャイアンであるということを思い出したほうがいい。
きっとこんな電話が掛かってくる。
「見てろよ、あした学校でたっぷりお礼してやるから」


ハルシオンが3錠あっても眠れない。

不調
夏ばてなのか何なのか、活力が沸いてこない
私の体調は社会人になってから狂いっぱなしですが
ここ何週間かまったく力が出ない調子
ネタはあるんですが、まとめきれていない状態

気持ちが沈んでいては面白い記事も書けない
そんなわけで
記事も滞っています
出来上がり次第、ぽつぽつ上げていきますが
ゆっくり待っていてください
これ書いたら意味ないだろう。
演出を潰している。
書くなら最初からやるなと言いたい。
最近見たのでは、ビルの屋上の落ちそうなところに女性が立っているもの。
実際にやったら危ないんですよと、わざわざ説明している。
これが危ないということ、説明されないと分からない奴がいるのなら、そいつには説明しても分かる理解力はない。
単なる批判かわし。
とにかく批判されたくない。
ほんの僅かであっても批判は許されない。
われわれは批判されないものを作り上げていく。
90点獲得するより、1点減点されることの方が大問題。

これじゃあ何も作れない。

同じようなのでこんなのもある。
「○○発売 煮てよし、焼いてよし(嘘です)」
嘘って言っちゃったら笑えないだろう。
結局その売り文句は何をしたいのかが分からなくなっている。
ウケ狙いのはずが、自らウケを薄めている。
「かなづちは指に当たると危険なのでスポンジ製に改良しました」ってやってるようなもの。
もはや当初の目的を見失っている。

批判を避けることに力を入れすぎていては新しいモノは何も創造できない。
そして利用する側の知能の低下を招くことにもなる。
冗談を冗談と思えないようでは、精神的成長は望めない。
もっと思い切って物事を表現して欲しい。
物を作る立場の人間には是非にお願いしたい。
あまりに低レベルな批判は無視してかまわないと思うんだが。
批判を無視したことを批判されるからあらかじめ、とか考えているのだろうが、それは無限ループだ。
批判は永久に止まらない。
批判する気になればどんなことであっても批判できるのだから。


こんな意見を書く本ブログは現代社会に批判される表現も多々利用していると思う。
だが批判はまったくされていない。
なぜなら……
1日の閲覧数、二桁だから……………

1作目はレンタルで見ましたが、何でしょう
つまらない
この一言に尽きる
これほどつまらないという形容詞がぴったりと当てはまる作品も珍しいだろう
何も面白くない
30分ぐらいから限界が見えてきて、1時間前に停止ボタン押下

で、3作目
どういうわけか3作品目まで公開する事になったらしい
売れているらしい
1作目を拝見した視聴者が2作目以降も見るとは思えないが、うまいこと小学生ぐらいはだませたのかもしれない

ちょっとした事情があって、劇場の3Dにて鑑賞してきましたが
やっぱりだった
つまらない
この作品、相当金がかかっているのははっきり分かる
全面CGと言ってもいい
それがぬるぬる動く
かっこいいロボット同士が対決するというアクション好きにはたまらない作品だろう

つまらない
何故これほど迫力のあるCGアクションでありながらここまでつまらないのか
これ、大学の卒業論文に提出できるレベル
いやむしろ、その研究成果を映画化したほうが面白いだろう
考えてみるに
おそらく、作り方に問題があると思える
というよりアイディアの出し方か
この作品の売りはロボットのアクションシーンですが、それを動画として考えるのではなく、静止画として考えているのではないか
「こんな絵はかっこいいな」
「こんな絵は迫力あるな」
「うんよし、いい調子だけど、もっとアクションシーンを増やしたいから一人あと10枚は描いてきて」
そうやって考えているのではないか
で、その面白そうな絵を何枚も描き、絵をつなぐ展開を動画として作成している
そんな気がする
ですから動かない静止画として見た時には面白そうに見える
元々は 絵 なのだから
そのためにアクションシーンにストーリーが無い
物語が無い
何故そんな動きをするのか、また何故そんな動きなのか伝わってこない
感情が無い
まるで無機物の動きを見ているよう
トランスフォーマーはロボットなので確かに無機物なのですが、ちゃんと考えて行動できるし言葉もしゃべる
知能を持った、感情を持ったロボットだろう
気持ちがあり、戦うことに理由のあるロボット同士が戦うから面白いのでしょうに
そんな彼らが結果的に、ただ機械が動いているだけの無機質な物質として描かれている
この映画、格付けするならZ級
最高価格のZ級


この記事、以上で終わりですが
そういえばZ級で思い出した
いえ、ドラゴンボールではなく、Z級として最大の知名度を誇るあの映画


―― 読者への挑戦状 ――

『死霊の盆踊り』という映画がある
まだ見ていない方、これを一切の事前情報なしで、予告編やレビューなどまったく見ずに最後まで視聴して欲しい
視聴するに当たっての禁止事項を以下に記す

・早送り(捲き戻しは認める)
・他のテレビを見ながらなどの並行視聴(ゲーム、ラジオ、漫画など並行で見る・聞く行為は全て禁止)
・パソコンで視聴する場合、画面にプレイヤー以外のソフトウェアを表示している(出来る限りフルスクリーンで視聴すること)
・寝る
・トイレなど席を離れる行為(宅急便など来客があった場合、居留守を使うこと)
・アルコールなど平常心を揺るがす飲食物

つまり死霊の盆踊りを視聴する以外の、あらゆる行為を禁止する


以上をもって、私からの読者への挑戦状とさせていただく

―――――

もしこの挑戦を達成した読者がいるならば、少し間をおいてから、改めてその視聴時間を振り返っていただきたい
どうだろう
結果
いかに自分が無駄な時間を過ごしていたかを自覚することだろう
時間の大切さ
それを教えてくれる作品が『死霊の盆踊り』です