小学校や中学校のころ何日かは校庭に集まって朝礼がありました。

校長先生のお話を聞くことが多かったです。

だいたい校長先生のお話は長く、日射病かなんかで、

保健室に運ばれる人も多かったです。

社会にでてなにか役に立ったかというと、

つまらない会議で話を真剣に聞いているふりをするのに役に立ったかもしれません。

つまり、それほど役には立たないが、生きていくうえで止むを得ないものに役に立ったかもしれません。



こういうことは社会には多いです。

特に組織で多いような気がします。

これがないと成り立たないというものを排して、このような無駄なものはなくすとよいと思いますが、

それをなくすと困るものがいて、その利権でそれが残っているのだと思います。

そのような無駄なものを、自分自身の生活に持ち込むのは、全くの無駄と思います。

組織でそのようにしているから、

自宅でもそのようにしようということです。


私が無駄なものと思うのは、授業で黒板を書き写すことです。

今は、スマホにカメラがあるので、カメラで撮ってしまえばよいです。

今日も、自分のノートに書いて、さらにスマホでとっている方を見ました。

その方はきれいなノートを作るのが目的なのでしょうか。

もう少し省力化できる方法があるのではないでしょうか?