ハナ肇とクレイジーキャッツの話をします。
クレイジーキャッツを初めて知ったのは、定かではありませんが、
多分5~6歳の頃、一旦終了する事になった「8時だよ!全員集合」の
後番組、「8時だよ!出発進行」でだったと思います。
子供の頃はドリフが大好きだったし、クレイジーなんて知らないし、
怖そうなおじさんばかりだったから、とってもショックでした。
いい加減な記憶によると、その第1回目は確か、前回までと同じく、
ドリフの「8時だよ
」「全員集合~
」で始まりました。 「何でだろう
」と思っていると、「違う違う
」といった感じで、 クレイジーが登場し、改めて「8時だよ
」「出発進行~
」 …といった始まりだったんじゃないかと記憶しています。
前半のコントはドリフ、クレイジー入り乱れての大騒ぎで…でもね、
2日目以降の記憶が全く無いんですよね~。見てなかったのかな
ですが植木等さんの「アイデアル傘」のモノクロのCMを覚えているので、
一体どっちが先だったのか、ハッキリとは覚えていないですね~

でも「ゲバゲバ90分」のハナ肇さんは、確か小2でした。
……と、子供の頃の記憶を頼りに書いてみましたけど、
クレイジーとの本当の出会いは、実はコレじゃありません。
私がクレイジーと出会ったのは、大滝詠一経由なんですね。
81年3月に発売された「ロング・バケイション」が切っ掛けになって、
大滝詠一を好きになり、その年の10月からTBSで再会されたラジオ番組、
「GO! GO! Niagara」を毎週聴く様になっていたのですが、
その番組で毎週流されていたクレイジーの曲を、初めて聴いたのです。
ん?初めては大ウソか(笑)。「スーダラ節」とか知ってたもんな~。
でもね、この時期っていうのは、大滝詠一、山下達郎を始めとして、
私がそれまでに聴いていなかったジャンルの音楽を、いっぱい聴いて、
どんどん吸収していた時期なんですね。そんな時期にラジオを通して、
「スーダラ節」「ホンダラ行進曲」等の、めっちゃインパクトのある、
質の高いコミック・ソング、しかも、あの植木さんの曲、
クレイジー・サウンドを、毎週毎週、これでもか
これでもか
と、 いっぱいいっぱいまとめて聴いたんですよ。
そりゃ好きになるし、影響されまくるに決まっていますよ
ね~
しかも丁度いいタイミングで、レコードが再発されたんですよ。
シングル盤5枚組セット、しかもジャケット付きでの復刻盤でした。
このスタイルでの復刻盤は、瞬く間に各社にマネされましたが、
アイデアを出したのは大滝詠一なんですよね。私も早速クレイジーと、
ミコちゃん、つまり弘田三枝子さんのを買って聴きまくり、
ソレをカセットに録音して、友人達に半ば強引に聴かせ、
勝手にプチ・クレイジー・ブームやらプチ・ミコちゃんブーム、
プチ・トニー谷ブームを作り上げ、喜んでいました。
この5枚セットの復刻盤は、特にクレイジーのは相当売れたみたいで、
すぐに第2弾が発売され、私はめっちゃ幸せでした

余談ですがこの「GO! GO! Niagara」という番組は、大滝詠一が、
とにかく趣味の音楽だけを、ひたすらかけまくる番組でした。
現在私は、とにかく古い音楽が大好きなんですけど、
その土台の殆どが、この番組発かビートルズ発の音楽です。
ちなみに「クイズ!ソシラファソン!」というコーナーには、
解答者として出演し、優勝した事もありました。
そうなると私の場合、体中にコレクターの血が流れていますので、
当然クレイジーの全レコードを即収集…する道を、
普段なら突き進んで行くワケですが、相手が悪かったですね~。
何せクレイジーといったら、とっくに昔の人達になっていたので、
レコードはベスト盤LP1枚を除き、全て廃盤状態でしたし、
得意の中古屋巡りも、全く効果がありません。品物がないんですよ。
唯一の例外が、蒲田にある廃盤専門店「えとせとら」でした。
ココでは大滝詠一&ナイアガラ関連の廃盤を集めた時に、
かなりお世話になっていましたので、期待大で行ったんですね。
そしたら、あるにはあるんですよ。知らない曲も何枚かありました。
でもね、めっちゃ高いんですよ!とても全部は揃えられない金額でした。
やむを得ず諦めましたが、「ホンダラ行進曲」だけ買いました。
クレイジーの名曲中の名曲ですけど、この曲を含む2枚だけ、
違うレコード会社からの発売だったので、復刻されていなかったんです。
確か9,800円だったかな?高かったな~(笑)
で、その約半年から1年後、この曲も見事に復刻されました(爆)
その頃、小林信彦さんが監修した「テレビの黄金時代」という本が
発売されました。その本は谷啓さんの連写による、
「正しいガチョーンのやり方」に始まり、ビローン、ムヒョー、
大滝詠一監修による、クレイジーのちゃんとしたディスコグラフィー、
そして小林信彦、大滝詠一、クレイジーのメンバーによる対談、
当時の記事等、知りたい事、読みたいものが詰まっていて、
すぐに手アカだらけになりました。バイブルでしたね~。
そのバイブルの裏表紙は、クレイジー映画のビデオの広告でした。
映画がいっぱいあるのは知っていましたが、何と

ビデオになっていたんです。しかもいっぱい出ていますよ
欲しいな~
、欲しいな~
、観たいな~
、観たいな~
。 でもこの頃のビデオは高く、確か1万円くらいしていましたので、
第1作目の「ニッポン無責任時代」だけ買いました。当然ですが、
土曜の夜に友人達を集め、強引に見せたのでした
その後、クレイジーキャッツ30周年を迎えた1986年に、
大滝詠一作曲による久々の新曲「実年行進曲」を発表し、
世間を…ではなく、私をアッ
と言わせてくれましたけど、 本当に世間を巻き込んだのは、1990年の「スーダラ伝説」ですね。
コレはクレイジー・サウンドをメドレーにしたモノでしたけど、
最後は「スーダラ節」とベートーベンの「第九」が融合するという、
めっちゃ壮大な締め括り方をしています。この曲が切っ掛けとなって、
「植木等ショー」というテレビ番組がスタートし、
植木等さんが90年代に現役歌手として、
次々に新曲を発表する事態になったのでした。
その間、廃盤だった音源の殆どがCDとして復刻し、
映画はレーザーディスクになり、DVDになり、
その気になれば、いつでもクレイジーを楽しめるという、
非常に正しい位置に、クレイジーは置かれる事になりました。
そして・・・・・・、
1993年にハナ肇さんが、肝臓ガンのために死去、
1994年に石橋エータローさんが、胃ガンのために死去、
1996年に安田伸さんが、急性心筋梗塞のために死去、
そして2007年に植木等さんが、肺気腫のために死去し、
現在でも活躍されているのは、谷啓さん、犬塚弘さん、
桜井センリさんの3人だけになってしまいました。
クレイジーキャッツは、そろそろ幕を降ろそうとしていますが、
クレイジーキャッツもクレイジー・サウンドも、永遠に不滅です
ただね、植木等さんが亡くなって割りとすぐの頃、CGを使用して、
桑田佳祐さんとコーヒーのCMで競演していましたよね。
馬場さんの時にも感じたことなんですけど、アレはイヤだったな~

植木等さんも馬場さんも、俺の中ではまだ生きてるんだからさ、
勝手に故人扱いするな
…ってね。故人なんだけど(笑)最後に私がめっちゃ苦労して選曲した、大好きなクレイジーの曲、
ベスト20(順不同)を書いて終わりにしますね。バイバイ
スーダラ節
ドント節
ハイ それまでョ
無責任一代男
やせがまん節
これが男の生きる道
ショボクレ人生
ホンダラ行進曲
ハッスル・ホイ
愛してタムレ
あんた誰?
だまって俺について来い
大冒険マーチ
花と小父さん
ハローラスベガス~金だ金だよ
静かな午后のひととき
男の憲法
実年行進曲
アイヤ・ハラホロ
針切じいさんのロケン・ロール
(mixiへのオリジナル掲載日:2007年12月07日)