以前この場で紹介したことがある。

わたしは、親のどちらにも似ていない。兄弟とも似ていない。家族構成4人の中で、共通点がどこにもない、そんな不思議な、そして、複雑な思いが昔からあった。

もちろん、姿形のことである。

繰り返すことになるが、父親と共にいると母親に似ていると声をかけられ、母親といると父親に似ていると声がかかる。幼少時はこのことが不思議だった。両親がそろっていると似ている、似ていないの話題が出なかった。

似ていないということに、どこか不安を常に持ち続けていたのかもしれない。

これまでの人生、国外を含め、様々な場所で生活をしてきた。幼少時、自分が安心していられる場所は、家族のいるところ、であるにも関わらず、どちらにも、兄弟とも似ていないと周囲からいわれ、自分の居場所はどこなのだ、と漠然と思ったりもしていた。人々の暮らしの中で、心のよりどころといってもいい、ふるさと。自分が生まれ育った場所。

わたしは、生まれた場所から2年で移動を余儀なくされた。父親の転勤が理由である。その後、数年おきに住む場所が変わっていった。今住んでいる場所は、生まれた場所、育ってきた場所とは、何の関係のない場所である。数年おきに生活の場所を変えるということは、数年おきに生活環境が変わるということだ。幼少時には、大袈裟でも何でもなく、まさに自分の意志とは関係なく異文化に突然放り込まれるように感じたものだ。

周りの環境が変化するごとに、そこに適応しようとする意志が働く。そうでないと周りとうまくやっていけないからである。移動するたび、違う価値観が現れる。それに適応しても、そこに生まれ育った人たちに、どうしても違和感が生じてしまう。彼らにとって当たり前のことが、わたしにとっては当たり前ではないのだ。正しいと思っていることが、まったく違うことにすり替えられる。方言や習慣、伝統に根ざした文化など、移動するたびに、適応することを求められる。

人間の暮らしの中で、最初の、ごく自然の心のよりどころとなる場所は、家族であり、家庭である、と思う。その家庭内でさえ、我が家は父親の価値観を母親が否定し続けた。家庭内ダブルスタンダードである。幼少の頃、そこしかない、ともいえる家庭内で異なる価値観が存在した。子供はどうしたらいいのだ。

世の中には、生まれ育った場所から一度も移動しない人たちもいる。それをふるさとと呼ぶのであれば、わたしには、ふるさとがないといってもいい。ふるさとが心のよりどころになる。たとえ、いずれその場を離れることになっても、戻ってくれば、帰ってきたという気持になれる。生まれた場所で育ち、やがて配偶者を得て、子供が生まれ、またその子供たちが同じ場所で暮らし、配偶者を得て子をもうける。人間の営みとして、長い間引き継がれているごく自然の出来事である。

たとえ、住む場所が変わっても、家庭内で価値観が揺るがなければ、子供にとって、それが心のよりどころとなる。思想、文化、風習、民族や宗教など、同じ価値観を共有するところから、心のよりどころは生まれるというのなら、我が家には違う価値観を持つ者同士が家庭を持ち、その価値観を融合させるのではなく、対立する形で存在していた。

そのうえ、姿形すら家族と共有できないわたしは、家庭内外で常に違和感を持ち続けていたのだろう。

今や家庭内ダブルスタンダードは、ごくごく当たり前のことになり、家族として維持することが困難になり、子供は親と引き離される。幼い彼らは、何を基準として生きていけばいいのだろう。家庭内で傷つけ合うのが日常なら、子供は、家庭外で傷つけることを日常と考えても、誰も責められない。ダブルスタンダードの両親は、互いの価値観の融合、尊重を放棄し、子供の価値観を家庭外で共有させようとする。その結果、自分の子供にも違和感を覚えてしまう。みんなばらばらだ。

せめて、家庭内だけでも、互いの価値観を認め合い、尊重して融合させることができるなら、子供は迷わず、不安になることも少なくなるのではないか。近頃強く感じることである。

わたしの父親は、鹿児島で生まれ育ち、就職のため大阪へ出てきた。母親は台湾で生まれ育ち、思春期の頃、終戦を迎え、両親の実家がある京都の山奥、京都三大祭りのひとつ、時代祭の先頭を代々担ってきた地域に戻ってきた。明治維新の官軍。勝てば官軍である。

父方の家系は鎌倉時代から続く島津家と長い間関わりを持ってきた。いわば、心のよりどころを持つ人物である。片や母親の生まれた育った場所は、今や日本ではない。

本来京都と薩摩といえば、長く深い関わりを持っているはずであるが、父親の実家は、明治維新のあと決別した、大久保と西郷の、西郷を担ぎ上げた勢力に属していた。西南戦争の負け組。

文化というものは、長く続けば続くほど異なるものを受け入れがたくなる。両親の世代では、まだまだ「敵同士」という考えたかが根強く残っていた。母親は押しつけられる伝統に抗い、家出に近い形で実家を出た。なのに、巡り巡って、双方相容れない家系同士所帯を持つことになった。

それぞれの家の話を小さい頃から聞いていると、何が何だか分からなくなってしまったのである。母親は父親との結婚を本意ではなかったと、繰り返した。恐らくそれは今も変わっていない。結果、未だに両家は相容れないままである。

長くなった。

先日、ある紀行番組で桜島と周りに住む人たちが紹介されていた。わたしは両親とまったく似ていない。それが心に安定をもたらさないと、常々思っていた。ところが、桜島の麓に住み続けている住民が映し出されたとき、その男性のまゆ毛がわたしとまったく同じ形をしていることに気がついたのである。わたしのまゆ毛は父親とも違っている。しかし、父方の家系は桜島に近い大隅半島に代々暮らしていた。

わたしのまゆ毛は、父親とは異なるが、家系が根付いた地域のまゆ毛だったのである。目から鱗が落ちた。

ルーツのもやもやしていたわたしが、初めて、その一端を理解した瞬間だった。少なくとも、片方の血は確実に受け継いでいることがやっと、腑に落ちたのである。

他人のまゆ毛に自らのルーツを見いだすとは。

遺伝とは、複雑怪奇な出来事である。
「お前の力は、やさしいことのために使え」

主人公が自分でも制御することのできない力をどこへ向けたらいいか、途方にくれ、目の前にいた父親にそれをぶつけたとき、父親から諭された言葉です。

何からの引用か、分かる人には分かりますが、分からない人には分かりません。どうも、すみません。

自分の力をやさしいことに使う。

力は自分だけに使うこともできれば、周りにいる人たちに使うこともできます。みんながみんな、自分の力をやさしいことのために使うことができれば、傷つけたり傷つけられたりしないのに。

でも、力をやさしいことのために使っているつもりでも、それがやさしいことかどうか分からない。やさしいことに使いたいけど、どうやって使ったらいいか分からない。

人にやさしくしようとする前に、やさしいとは何だろうと立ち止まっていたら、それがやさしいことだと理解することもできない。まずは、自分がやさしいと思っていることに力を注いでみる。その結果やさしくないものが戻ってくるかもしれない。それで傷つくかもしれない。やさしいことをしたのに、やさしくされなかった。もういやだ。やさしくなんかするものか。

それでも、やさしくあろうと思っていれば、やさしいことに出会えるかもしれない。やさしくされなかったから、やさしくしないではなく、やさしくあろうと思い続けられたら、いいんですけど。

負けない
嘘をつかない
弱い者をいじめない

ある地方に脈々と引き継がれている言葉です。近頃とても印象に残った言葉です。

この三つを心がけたら、自分の力をやさしいことのために使うことができるかもしれません。

説教くさいや。
今とても気になることがあります。

10年ひと昔といいますが、21世紀に入ってちょうど、10年です。もうちょっと期間を長くして、21世紀を挟む20年としてみましょう。この間に、世の中が大きく変わりました。きっかけになった事柄をもし、ひとつだけあげるとするなら、それは、ネットでしょう。

21世紀に入る直前の10年間に、インターネットというものがある国で生まれ、あっというまに世界中に広がりました。そのうちに、その国で生まれた技術を駆使し、その技術があるために抑圧されていると、反感を持つ人たちを束ね、カリスマとなった人物が現れました。

このカリスマ性を持った人物は、抑圧された人々の心のよりどころとなる思想をうまく利用して世の中に一石を投じました。ある国は、自分たちが生み出した技術を利用されて痛手を負ったのです。そこで、今度は同じ技術を使って、カリスマに仕返しを始めました。

その対立構造は、科学技術対思想、ハードウェア対ソフトウェアではなく、思想対思想、ソフト対ソフト、宗教対宗教という風にすり替えられ、どちらも正しいといって一歩も引かない状態が続いています。

思いっきり独断と偏見でざっくり書いてしまいました。

異論ももちろんあると思います。でも、インターネットという技術は、数百年前の産業革命に等しい、画期的な出来事である、と思ってしまうのです。

この新しい技術がもたらしたもの、あるいは、これからもたらすものは、何なのだろう。たかが20年で判断するのは早計でしょう。ただ、未成熟といえるこの技術が今の世の中を動かそうとしている、動かしているといっても過言ではないと思います。

今や、条件さえ整えば、人間はどんなに距離が離れていても、地球上で瞬時に意思の疎通を図ることができます。もの凄いことですね。人類はついにそんなことまでやってのけたのです。すばらしい、すばらしい。

でも、とても気になるのです。

そういう発達した技術を使いながらも、利用している人間の発想は、千年単位で変わっていないのではないでしょうか。

今年、「中東の春」とあとで名付けられた活動が生まれました。きっかけはソーシャルネットワークです。長期政権の圧政に苦しむ民衆がソーシャルネットワークを介して勢力を強め、ついに、支配する側を転覆せしめたのです。インターネットが権力者を追い出した、といってもいいかもしれません。民衆の力を思い知れ、です。ただし、こういうことは今までにもたくさんあったことですよね。抑圧された人たちが思いをひとつにして体制側に反旗を翻す。これは、過去の歴史の中でも繰り返し、繰り返し行われてきたことです。

そう、ですよね。

たまたま、今回は媒介したのがインターネットだった、というだけでしょう。単に歴史を繰り返しているだけです。なんていっちゃうと、元も子もありませんけど。

こういう便利なものを、おおざっぱにいうと科学技術というのでしょうか。産業革命から生まれたものですよね。宗教に縛られないもの、または、神様が生み出さないもの。それが科学技術。いろんな神様を信じている人たちの中から、神様の教えに反することもある、といって、神様ではなく、人間が作り出したものが、科学技術。であるならば、世の中は人間じゃなくて神様が作ったものだと思うのが宗教なのでしょう。

人間は、様々な生物から別れて進化したもので、地球上に生きとし生けるもの全ては、同じ起源を持っている。

それがどうした?

いやね、実はこういう発想が生まれて、まだ150年しか経ってないのです。宗教という、枠にはめられた概念から人間がはみ出したのは、つい最近のことです。と考えると、その科学技術が現代社会にもたらしたものは、いったい何だ、その結果、人間はどうなった、と検証して異議を唱える人たちも当然まだまだ、というより、たくさんいるのです、実際の所。

だって。

王政はイスラムの教えに反するといって、原点に立ち返ろう、教えに忠実であろう。そう考えた人たちが、イスラム原理主義でしょ。その観点から見れば、この世の中は異端にあふれているといっても全然間違ってないじゃないですか。だから、自分たちが信じる神様の正しい教えを実践しようじゃないか。そうやって始まったのがイスラム革命です。何かというと、イスラムの教えは過激だ、乱暴だ、間違ってるなどと訴える人たちもいますが、それは、あくまでも、一部の人たちであって、それが全てではありません。でも、原理主義が世の中を動かしたことは事実です。

ひるがえって、科学技術が生まれる発端となった宗教はどうでしょう。キリスト教。神様の教えに反して人間が生み出した科学技術は、人間を正しい道に導いているのでしょうか。そもそも、人間は神様が作り出したもので、他の動物から進化したなんてあり得ない。

本気でそう考えている人たちがキリスト教の一派に存在します。福音派。

しかも、現代社会を事実上動かしているネットを生み出した国の中にです。人間は、地球上の他の生き物とは別に神様によって生み出され、最初から人間だった。彼らのいう人間とは、キリスト教を信じる人たちのことです。

これは、神から与えられたわたしの使命である。従って、イエス・キリストの名の下に、わたしは、敵対する勢力を駆逐する。神はこの世に唯一無二であり、それ以外の存在は認めない。

10年前、公の立場で胸を張ってそう語り、アフガニスタンを攻め、イラクを攻めた人物がいます。彼もまた、福音派の考えに従って行動する人たちの中の1人だと思います。有り体にいえば、宗教戦争を始めたのです。福音派は、かの国で政治を動かす勢力になっています。

なんだ、キリスト教の原理主義運動じゃないか。

ネットという、人間が作り出した新たな科学技術は、それでもなお、利用する人間が宗教に深く根ざしているならば、対立を生み出すことにかわりはない。

ソーシャルネットワークは、大きな流れを生み出しました。政府を転覆させるまでやってのけました。

でも、その先は?

私たちはソーシャルネットワークを通じて自由を勝ち取った。自由の勝利だ。これは達成しました。その先はどうでしょう。ひとつの目的に向かう流れを統一させる力を、ソーシャルネットワークは確実に持っていても、一旦達成してしまうと、またばらばらになってしまっては台無しです。達成後は運動を束ねる存在が必要です。今のところ、ネットからそれに見合う何かは生まれていません。

中東の春は今どうなっているでしょう。新たな秩序をもたらしたでしょうか。今評価するのはまだ早い。達成したことをよしとしよう。それもそうでしょう。でも、ネットワークから生まれた動きが現実世界で新たなビジョンを提唱しているでしょうか。

ウォール街を頂点とする金融界に抗議をしている人たちがいます。持たざる者が持てる者を糾弾する。

これもソーシャルネットワークから生まれた運動です。手段は違えど訴えていることは、科学技術が生まれる前と何も変わっていません。それを政治に取り込もうと現地では政治家たちが躍起になっています。福音派に属する政治家たちも、盛んに訴えています。キリスト教は反ウォールストリートだと。当然、次の選挙を見据えての動きでしょうけどね。

ネットは大きな流れを生み出す力を持っている。でも、気になるのは、その流れを集束させる力を持っているのかどうか、です。近い将来、生まれるのでしょうか。集束させる力は、どこへ向かうのでしょうか。

とても気になります。
お久しぶりです。

とことん、徹底的にネットから離れていました。

理由は体調がよくなかったこと。これに尽きます。それ以外に何をやいわんか、です。

抽象的になりますが、少し語ってみようと思います。

自分ではどうしようもないことってありますよね。いや、自分の力だけでなんとかしようとか、己に関わることは何もかも自分で解決できるとか思いこんでいたときに、それを全面的に否定されてしまったことがあったりしますよね。日々の暮らしの中で小さなことから大きなことまで、思い通りになることなんて、そんなにたくさんあるものではありません。それはわかりきっていることで、当たり前のことで、あえて、強調することでもない。

何もなければそんな当たり前のことを意識することなく、立ち止まって考えることもなく、ましてや、とどのつまり、なぜそれが当たり前なのか、なんて思いも及ばない。

極端?

まあ、そういうことです。思い詰めてしまったのですよ。挙げ句、自らの存在意義を疑い、助けを探し求め、周囲を引きずり回し、行き着くところまでいって、命を失いかけました。人間思い詰めると何をしでかすか分かったもんじゃありません。それも思い知らされました。

身に降りかかったことを災いと受け止めるのか、関係ないと責任転嫁するのか、自分のせいだと、可哀相だと自己憐憫に走るのか。そもそも、身に降りかかることの根本は何なのか。受動なのか他動なのか。いろいろ考えました。いろいろなことが起こりました。頭でっかちで行動が伴わないこと、動き出しても行く当てを見失うこと、全部投げだそうとしたこと。

さっぱりわからん?

ですよね。

でも、そういうことです。

今でも取り巻く環境は、途絶える前とあまり変化はありません。というよりも、やっとそこまでたどり着いたといった方がいいのかもしれません。

やれやれ。遠回りをしたものだ。この半年、ずいぶん長い長い旅をしていたような気がします。理屈をこねくり回していただけ、ともいえるかもしれませんが、生来、根っこがそういう作りになっている者が、他に何ができるというのでしょう。新しいものは、望めばある程度は獲得することはできますが、根っこは変えようがないのです。

三つ子の魂百まで。

それを受け入れるのか、拒絶するのか。無視するのか、気がつかないのか。

なあんてね。

既存の哲学や宗教に思いをはせるのもいいかもしれません。現実、それらの中に自らのアイデンティティを見いだし、傾倒していくことも理解できます。理屈に心の安寧を見いだすのも悪いことではありません。それも、ありでしょう。そのために、人間によって生み出されたものなのですから。でもね、無茶ぶりですけど、それも理屈なんですよ。

あんさん、それをいっちゃあ、お仕舞いだ。

ですね。

原点回帰。

どうしようもないことがたくさん起こって、様々な事柄が行き詰まると、チャラにして最初からやり直そう。やり直してみよう、整理してみよう、振り返ってみよう、なんて思ったりします。そうすることで、いろんなことが分かってきて、行き詰まった状況が打破できるかもしれません。本来あるべき形からは、ずいぶんとかけ離れてしまっていることに気がつくこともあるでしょう。すると、正しく理解して、かけ離れてしまったものを元に戻そう、と考える者も現れるかもしれませんし、そのままでいいと考える者も出てくるでしょう。いや、待てよ。原点って何だ、そもそも原点が間違っているんじゃないかと思う者も現れるかもしれません。

世の中、混沌としてます。

何が正しくて何が間違っているのかなんて、誰にも分かりません。正しいと思ったことが正しくて、間違っていると思ったことが間違っている。そのよりどころがはっきりしていれば、何ら疑いをもつこともない。

ですよね。

そんなこと考えもしなかったし、いまいちぴんと来ない、てか、あんた何いってんの、みたいな?

でもね、最悪だ、と思ったどん底のその先に、二重底、三重底があったなんて・・・という経験をすると、いいたくもなりますよ。

本音です。

今回は、これくらいにしておきましょう。

次回はあるのかな?
身長、何センチ? ブログネタ:身長、何センチ? 参加中

微妙な身長だ。

日本人の平均身長は伸び続けている。地域によって差が出ているのは、民俗学的には面白い統計なんだろうが、そんなことどうでもよい。微妙な身長なのだ。

事情により、今は瀬戸際人生を送っているが、身長も瀬戸際だ。身長は高ければいいのか。それも一長一短がある。

何でも過ぎたるは及ばざるがごとし。横にも縦にもいきすぎると、苦労することがたくさんあるだろう。テーマは身長なので、身長に限っていえば、低いことが悪いわけでもなく、高いことがいいわけでも恐らくないだろう。

要するに、他と比べて、高い、低いを比較するから様々な感情が生じるのだ。だが多くの場合、過ぎたるものはそのことにコンプレックスを抱いてしまう。

なぜだろう。

まずは他人と比べるから。

周りと比べて自分の身長が低い、低すぎる。高い、高すぎる。それぞれ、自分の低さ高さを、自己のマイナス要素と意識している人も多いかもしれない。せめて何センチ、とかいう言葉はいろんな所から聞こえてくる。それに一番敏感なのは、恐らく思春期の頃だろう。多感なお年頃だから。

別に人と比べて低い高いは、自己の存在価値にあまり関係がないと、いずれ気づくだろうが、個人的にもそうであったように、やはり、気になるものは気になるのだ。

更に、極端になると、色んなものに制限が加わるから。たとえば衣服。身長が低いと、大人の服で気に入ったものがなかなか見つけられない。特に女性は、おしゃれに幅を持たせることができないから、苦労するのではなかろうか。男女とも、低すぎると子供向けのサイズになってしまう。身長が高ければいいわけでもない。高すぎると、やはり衣服に困ることになる。身長は伸びる傾向にあるから、最近は大きいサイズが比較的出回っているようだが、これも高すぎると困ることになる。

御託はいいからお前の身長を聞かせろ。

忘れてた。

最初に書いたように微妙な領域だ。四捨五入すれば170センチになるか、ならないかの瀬戸際。身長は寝ているときに伸びて、一日生活していると縮む、ということらしい。だから、身長を測る時間帯で、四捨五入すると170センチになったり、169センチになったりするのだ。もっと大きな単位でみると、170センチといってもいいのだが、そこには何か、ミリ単位で大きな壁があるような気がする。

多感な時期は、少しでも身長が伸びているように、計測の時、気づかれないよう、微妙にかかとを浮かせてさばを読んでみたりもした。ほほえましい想い出である。

あと、固定観念というか、先入観というか、統計学上そうなっているからだからか、男は女より背が高くなければならない、もしくは、女は男より背が低くなければならない、なんていうものが存在する。どうでもいい、といいきってしまえばそれまでだが、カップルとして成立する条件として、これは非常に大きな条件となっているような気がする。

別に、どちらが高くてもよいではないか。

周りは、そう見てくれない。個人的にもいわれたことがある。友人で身長の高い女性がいた。一緒に並んで歩いていると、周りから、こそこそ、声が聞こえてくるのだ。「女の方が背が高い」

また、自身の身長があまりに低いので、彼氏に気を遣う友人もいた。周りから、「でこぼこカップル」といわれるのだそうだ。

本人同士がそれでいいなら、周りがとやかく言う筋合いではない。身長で人の価値が決まるわけでもない。固定観念、先入観は、人の視野を狭くする。どうしても見かけから入ってしまう人間関係。初対面はいかんともしがたい。しかし、それだけで人を判断するのは早計で稚拙である。

とはいえ、かっこいいとか、可愛いとか、背が高いとか、低いとか、気になるのは、日本人の特性なのかもしれない。周りと比較することが何しろ大好きな民族だから。

自己に問いただしてみても、この微妙な身長をもの凄く気にしていた時期があったのは間違いない。あと1センチ。169と170との間には、先ほども書いたが大きな壁が存在するような気がして、若い頃はこの1センチにコンプレックスを抱いていた。そういうものだ。

伸びないものは伸びないし、縮まないものは縮まない。あるがままで生きるしかないではないか。

ちなみに、逆でこぼこカップル。個人的に抵抗はない。

身長の高い女性の方々、筆者は未婚だ。



自分の髪型、満足してる? ブログネタ:自分の髪型、満足してる? 参加中

今の髪型は、イメージとして、「市川海老蔵でお願いします」といって刈って貰った5ミリ刈りです。

この髪型は、なかなか維持できません。当然です。髪の毛は伸びます。伸びてくると、やさぐれ坊主のようになってしまいます。頻繁に床屋に行かないといけません。

床屋という言葉も最近ではあまり使われなくなりました。でも、未だに、同じ床屋に通い続けています。安いヘアカットの店はたくさんある中で、一途に変えずに通っています。

閑話休題。

ちょっと、髪型の変遷なんかを書いてみようと思います。


幼少の頃は親任せでしたからよく覚えてません。そりゃそうですよね、髪型を気にする年齢になるまでは、いわれるままの方が男の子は多いかもしれません。

自分の意志で初めて髪型を変えたのは、中学2年でした。当時、軟式テニス部に所属していたこともあり、長めの髪型が鬱陶しくなったのです。で、「スポーツ刈り」なるものにして貰いました。その当時の髪型は、現在の髪型になるまで史上最も短かったといえます。

そして、高校生になりました。ますます髪型を気にするお年頃ですよね。それまでは父親と同じ床屋に通っていましたが、高校2年の時、友人の薦めで、初めて美容室なるものにいって、カットをして貰いました。イメージは、当時大人気だったアイドルグループ、チェッカーズの藤井フミヤ。アラフォーの方、分かりますよね、あの髪型です。その頃、女の子は松田聖子。男の子は、やっぱりチェッカーズですかね。ああ。ミーハーだった青春の想い出よ。

当時、その髪型にしていたにも関わらず、力士の千代の富士、通称「ウルフ」に似ている、といわれていました。藤井フミヤが相撲取りです。何だかなあ。

高校時代は校則がありました。卒業するとき誰でも一度は通ったと思いますが、「パーマをかけてみよう」と思ったのです。家族に受けはよくありませんでしたが、校則違反だったパーマを卒業が決まってかける、まあ、ありがちな話です。

パーマはしばらく続きました。上京して1年ほど経った頃、やはり友人の薦めで、駅前のヘアサロンへ行くようになりました。また、アラフォーの方にしか分からないかもしれませんが、「DCブランド」というものが存在し、その中のひとつが経営しているサロンでした。やはりパーマをかけ、当時流行していたヘアスタイルになっていました。「お任せします」といったら、店のチーフが担当することになって、その都度、何か、流行ってる髪型になっていたような気がします。イメージは、何でしょう。メンズノンノ系でしょうか。三上博史に似ていると当時いわれていました。ほんまかいな。

そして、海外勤務が始まりました。なかなか理容室に行く暇がなかったこともあり、史上最長の長さだったと思います。今の芸能人でいうと、誰だろう・・・。あ。一番多い当たるのは、ふかわりょうですね。

休暇で帰国した際、当時父親が通っていた床屋で髪を切って貰いました。この床屋が今でも一途に通っている床屋さんです。当時の自宅は、父親が転勤族だったため、宿舎のような所。そこからほど近い、床屋さんでした。

勤務期間を終えて帰国しました。あれこれあって(書くと長くなる)結局親と同居することになり、同じ床屋に通っていました。その頃のイメージは、没個性。普通の髪型です。流行を追いかけるわけでもなく、また、お任せ状態でした。

時は過ぎ、現在の自宅に居着くようになっても、同じ床屋に通っていました。車で40分かかるようになってしまったんですが、それでも、一途に床屋を変えることはありませんでした。

なぜ?

そこのご主人がとても明るく、面白い人柄だからです。いつも笑わせてくれます。楽天主義、マイペースの本道を歩いているような方です。げらげら笑いながら、ぼけとつっこみを繰り返し、あっという間にカットは終わってしまいます。それが楽しいから今でも通い続けているのです。

ですから、同じような髪型が、そうですね、20年ほど続いていたといってもいいでしょう。もう、おしゃれなんか興味もなくなりましたし、社会人ですし、ごく普通の髪型でしたが、変える気もなく、結構気に入ってもいました。ご主人の技術も確かでしたしね。

昨年、転機が訪れます。とある事情があり、気分を変えようと思い立ちました。その方がいいとも思いました。髪型を変えると気分も変わってきますよね。気分を変えて髪型を変えるのか、髪型を変えることで気分を変えるのか、どっちもありでしょうが、今回は、後者です。

ちょうど、市川海老蔵のスキャンダルがマスコミを賑わせていた頃でした。あ。あれでいこう。直感でした。それもありだろう、と思いました。そういう心境であったことも確かです。

ということで、現在の髪型は、最初はとてもとても違和感がありましたが、今では、とても気に入っています。寒い時期に一気に5ミリにしてしまったのがKYなんですけど。まあ、いいじゃないですか。

最後に一言。

「おじちゃん、海老蔵にしたで」と甥にいうと、その髪型を見た甥に、「そのお父さんだ」といわれてしまいました。

そうか、団十郎か・・・。



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パリとNY、どっちに行きたい? ブログネタ:パリとNY、どっちに行きたい? 参加中

私はパリ派!


実は、ここだけの話、アメリカ大陸に足を踏み入れたことがない。アメリカ合衆国は言うに及ばず、そのほか南北アメリカどの国にも行ったことがない。更にいえば、アメリカ合衆国本国どころか、自治領となっている島々にも行ったことがない。日本人にあまりにも有名なハワイさえ、行ったことがない。

これまで、長年、英語という言語を手段として仕事をすることを目標としていたものにとって、合衆国に行ったことがないというのは、非常にまれなことではないだろうか。そのまれな部類にはいるのである。

「別にアメリカ行かなくても英語はなんとかなるし・・・」

海外勤務経験があり、渡航先も両手で足りないほどあるのに、なぜ合衆国だけ避けていたのか。理由がないわけではない。合衆国、イコール、ニューヨークのイメージが非常に強いからだ。未だに経済、芸術において、世界の先端を行き、中心的役割を果たしている、合衆国を象徴するメトロポリス、ニューヨーク。日本人は、アメリカに行くとはいわず、ニューヨークに行くという。他の国へ行くときは国名をいうくせに、なぜか、アメリカに行くではなく、ニューヨークに行くという。まるであの都市そのものが国であるかのような言いぐさだ。

不思議な日本人。

要するに、あまのじゃくなのだ。みんなが褒めそやすニューヨークになど誰が行ってやるものか。そんな子供じみた感情論でニューヨークを否定してきた。何でも、アメリカアメリカ、という各種専門家の引用も鼻についた。アメリカがそんなにすばらしい国なのか。アメリカのいうことは全て正しいのか。そんなことはあるまい。しかし、テレビ番組の解説では何かというと「アメリカでは・・・」という言葉が入る。昔からそれが気にくわなかった。

わかっている。優れたものももちろんある。愛すべき敬うべき人物もいる。すばらしい芸術もある。政治経済においては、世界規模で影響力がある。

ニューヨークは危険な都市だ。表通りはいいが、裏に入ると何があるか分かったもんじゃない。昔はそうだったかもしれない。しかし、今は、意外と東京の方が怖いかもしれない。ニューヨークは安全をアピールしている。しかし、行く気にはなれない。

危険な都市は何もアメリカにだけあるわけではない。ただ、ニューヨークとパリとを比較すると、どうしても、引っかかるものがある。州によって違いはあるものの、銃の個人的所有が合法化されていることである。

昔、「Freeze!」という言葉を知らずに撃ち殺された日本人がいた。伝統的に自分の身は自分で守るという文化が根強く残る国の象徴であるニューヨークには、どうしても足が向かないし、これからもいくことはないだろうと思う。

これは恐らく偏見と先入観のなせる業だろう。それも頭では分かっている。しかし、どうしてもアメリカという国が好きになれない。その象徴であるニューヨークも然りだ。

では、パリはどうなのか。

パリでは結構ひどい目に遭っている。昔の話しだ。英語で話しかけると、きっと分かっているはずなのに聞こえないふりをする。フランス人は英語が嫌いなのだ。母国語が一番美しいと思っている国民らしい。少し言葉が過ぎたかもしれない。しかし、今は、日本人大歓迎の雰囲気がある。北野武はフランスで絶賛されているし、日本のサブカルチャーに最初に反応したのはフランスだった。

今、バリの若者にアニメの話を持ちかけたら、結構飛びついてくる人の割合は高いと思う。だからパリに行きたいというわけではない。そうではない。ロックフェラーや、マジソンスクエアーよりも、シャンゼリゼ通りや凱旋門広場の方が性に合っていると思うからだ。

派手なのか、華やかなのか。その違いであろう。個人的に、ニューヨークよりパリの方が落ち着いた雰囲気を感じるし、大人のような気がするのだ。

だから、どちらに行きたいかと問われれば、ためらうことなくパリを選ぶ。

だが、百聞は一見にしかず。食わずもの嫌いという言葉もある。無理矢理連れて行かれたら、手のひら返したように「ニューヨーク!!」と叫んでいるかもしれない。

どちらにも行ってから、選べっての。



パリとNY、どっちに行きたい?
  • パリ
  • ニューヨーク

気になる投票結果は!?

極寒の状態で食べるラーメンだったら何味がいい? ブログネタ:極寒の状態で食べるラーメンだったら何味がいい? 参加中

ラーメン大好きです。可能であれば、朝昼晩、毎日続けても全然問題ないくらいラーメンが好きです。

スープや麺にこだわりはありません。究極のラーメンというのにもあんまり興味がありません。有名店でなくても、安くても、おいしければそれでよし。ブランド化してしまったラーメンも、確かにおいしいですが、基本的に、屋台で食べるラーメンが、一番ラーメンらしい食べ方のような気がしています。ラーメンの原典は屋台にあり。原点ではなく、原典です。今のラーメンブームは屋台ラーメンがあってこそでしょ。

ラーメンについて語り始めると、止めどなく出てきそうで恐ろしいです。長々と自分のラーメン嗜好を語る場ではありません。

テーマに沿って話を進めましょう。

極寒の状態。もちろん外ですよね。寒いときにラーメン店に入って暖まって食べては意味がない。ですから、極限の寒さを設定しましょう。そうですね、吐く息がすぐ凍り付くほどの寒さの中と仮定しましょう。

そうなると、いくらラーメンでも、あっという間にスープが冷めてしまい、放っておくとスープが凍り付いてしまう。そんな極寒の場所で食べるラーメンとはどんなラーメンでしょう。

牛乳を温めると、どうなるかご存じですよね。しばらくすると、薄い膜ができます。あれを鬱陶しいと思う方もおられるでしょうが、あれ、本当のところ、薄い膜があるから中の牛乳が冷めにくいのでは?

これをラーメンに応用できないでしょうか。そうすれば、極寒の地でもせめて食べ終わるまでは凍らずにすむかもしれません。

であるならば、ラーメンの種類も限定されてきます。こってり系です。地元のラーメン店で、油断すると薄い膜が張ってしまうほどスープが濃厚なラーメンが食べられる店があります。残念ながら、地元は極寒ではありませんが、ここのラーメンだったら、極寒の、しかも外で食べるラーメンとして、考えられる中では最適ではないかと思います。

そう、濃厚なスープ。保温には、薄い膜が張るほど濃厚なスープがいいのです。一度試してみたいですね。本当に凍り付く前に食べ終わることができるか。

ちなみに昨日食べたラーメンは、縮れ太麺の塩とんこつでした。うまかったなあ。



ラクダとイルカ、乗りたいのはどっち? ブログネタ:ラクダとイルカ、乗りたいのはどっち? 参加中

動物に乗るということは、意外と大変なことなんです。何でも、乗り物は最初に乗るのに苦労しますよね。あ。乗ることはそうでもないか。操ることの方が難しいのですね。

小さい頃からいろんな乗り物を操ってきました。三輪車、自転車、原付バイク、車。乗り物は様々なものがあり、それに応じて操作方法も多岐にわたります。なれるまで苦労しますし、免許を取得しないと操縦できないものもあります。

でも、機械を操ることは、自分が慣れればあとはどうにでもなる、というと、そんなに甘くないよという声が聞こえてきそうですが、相手は機械です。動物ではない分、自分の熟練に徹していれば、あとはなんとかなるものだと思います。

動物に乗ることは、まったく違います。たとえば、馬。乗ることさえ最初は拒絶されますよね。僕は馬には乗ったことがないですけど、まず、馬と仲良くなること。そこから始めないと乗せてくれません。乗ることすらままならない。まして操るとなると、人馬一体という言葉があるように、まさに馬と人間の呼吸があって初めて、操れるようになるのです。動物に乗るには、その動物と一体化する必要があります。

そりゃね、訓練されたおとなしい動物だったら苦労はしませんよ。でも、それは乗せさせて貰っている、動物がそう訓練されているからです。

前置きが長くなりました。

ラクダとイルカ、どちらに乗りたいか。

答えは簡単です。イルカです。なぜかというと、ラクダには乗ったことがあるからです。

ラクダといっても、観光客用に訓練されたラクダです。おとなしいラクダでした。でも、自分より大きな動物に乗るのって、はじめは恐怖感から入りますよね。「でかい・・・」

ラクダは足が長いから余計に高い。足を折り曲げて乗せて貰うのです。こぶとこぶの間に乗ってこぶに捕まる。ラクダは、指示を受けて、よっこらしょっと確か前足から立ち上がったと思います。乗ったものはのけぞることになります。おいおい、落っこちるじゃないか。そのあと、後ろ足を伸ばして立ち上がります。しかし、バランスの悪いこと。本当にしがみついていないと、このあたりで落っこちることになります。

そして、のっしのっしと頭を振りながら歩くのです。乗ってるのを見ていると楽そうに見えますが、上下の揺れ方が半端ではありません。高さも半端ではありません。眺めはいいですけど、上下に揺れますから、ゆっくり堪能することができません。

そして、降りるとき。また前足から足をたたみます。怖い怖い。

ということで、ベドウィンの民たちがラクダの上にあぐらをかいて走らせていますが、あれは、相当熟練しないとできないことだと思います。彼らは遊牧の民の道を選んで以来、ずっとラクダと共に生活をしてきました。だからこそ、あの芸当ができることです。

モンゴルの人たちだったそうじゃないですか。彼らこそ人馬一体。自由に操ります。

つまり、生活の中に動物がいて当たり前の生活をし、家畜として世話をしながら、移動手段として用いてきた歴史がなければ、動物は、そう簡単に乗りこなせるわけがないのです。

話がそれ気味です。

だから、ラクダは乗ったことがあるから、イルカに今度は挑戦してみたいと思います。イルカと接することに寄る心療療法も確立されています。イルカは人間を友達のように思ってくれています。動物の中で、ペット以外で人間に好意を向けてくれる動物は珍しいですよね。

イルカと接すると、心が安らぐというか、いやされるという高架があるそうです。接するのと乗るのとは別の話です。まずは、接するところから始めて、飼育員さんのように乗れたら、と思います。イルカに乗せてくれる施設もあるようですし、生きているうちに一度でもいいから、イルカと戯れてみたいと思います。

そうすると、心安らかになれるでしょうか。



何歳から熟女? ブログネタ:何歳から熟女? 参加中

さあ、この記事は慎重に書きましょう。

なぜならば、男性が女性を語る際、必ずついて回る、「セクハラ」を無視できないからです。だいたい、こんなネタで男性が記事にすること自体すでに片足を踏み込んでいる気がして、戦々恐々としています。

テレビで言われているところの熟女というのは、何歳くらいからのことでしょう。それとも年齢で判断はできないのでしょうか。何をもって熟女というのか、その辺から考えてみようと思います。

まだ「セクハラ」じゃないですよね?

熟女というのは、女性として熟していることを意味していると、この場では理解します。熟するという言葉は、果実や機会にたとえられることも多いです。

実が熟すとか、機は熟したとか。言うなれば果実だと収穫時、機会だと満を持して、ということになりますね。果実でいうと収穫前、まさに最高の状態といえます。まあ、食生活における果実は熟する前に収穫してしまうものも多いので、そちらの方は考えないことにして、とにかく、果実として熟するということは、もっとも充実した時期なのではないでしょうか。

機は熟した。この言葉は、それに至る様々な過程を経て、最終的な行動に移す準備が全て整った、ということでしょう。異論はあるかもしれませんが、個人的にはそう理解しています。あとは、結果を出すのみ。自信を持って行動に移す状態、すなわち、目的成就の可能性がかなり高いのです。時には結果が出ないこともありますが、それ相応の過程をたどっているから、本望でしょう。

二つの例を考えてみました。そこから導き出される結果は、熟するということは、最高の状態である、と思えてきました。違いますかね?


で、世間に喧伝されている熟女について考えます。これは、熟しすぎている、という意味ではないですか?

熟することは、決してマイナスなことではないはずです。果実にたとえると、腐敗が進んで、種を残すのみ。機会にたとえると、熟しすぎて行動に移すタイミングを逃す。どうやら、世に言う熟女とは、熟しすぎた女性という意味で使われているような気がします。もう一度いいますが、熟することそのものは、決してマイナスなイメージはありません。熟しすぎている?それもマイナス要素なのでしょうか?

あとは枯れるだけ?

やばい。ギリギリのラインまで来てしまった。

熟女という言葉は歪曲して使われているような気がします。本来、熟女とは最高の時期を迎えた女性に向けられる言葉なのではないでしょうか。過去にも女性を揶揄する言葉が存在しました。ごめんなさい、あえて使用します。ハラスメントだったら今のうちに謝っておきます。「行き遅れ」、「年増」、更にさかのぼって、「行かず後家」何ていう言葉もありました。昔は結婚年齢が低く、いわゆる結婚適齢期が早かったのも原因しているでしょう。生物学的にいえば、これもやばいハラスメントギリギリラインですが、出産が可能になる年齢が結婚適齢期でもあったでしょう。

今や、生物学的適齢期は、社会環境の変化ですでにないと思ってもいいでしょう。生物としての人間はそうであっても、社会環境が変化して、それが当てはまらなくなってきています。したがって、熟する年齢も、時代を経て変化してきていると、思っています。

まだセクハラじゃないですか?

結論にそろそろ入りましょう。

熟女とは、社会的、人物的に熟した大人の女性のことを指す。そうであれば、生物学的成熟度は度外視してもいいと思います。では、何歳から熟女と呼ぶのでしょう。

ここまで書いてきて、やはり、年齢は関係ないような気がしてきました。社会的、人物的に熟した女性に年齢というカテゴリーを無理矢理当てはめることが無理なんじゃないでしょうか。しかし、テーマは年齢です。回答を出さなくてはなりません。

あえて、無理矢理年齢という枠にはめて考えてみると、未婚、既婚に限らず、現代社会においては、10代、20代は若すぎます。中にはその年齢でもすでに熟している方はおられるかもしれませんが、一般的に、それらの年代は、まだ成熟しているとは、今の社会ではなかなか思えません。となると、R30ですか。うーん。まだ、少し足りないかな。

自分が10代の頃、20代や30代の女性は、もの凄く大人に見えました。熟女を年齢で判断するには、目線の年代も大きく関わってくるのでしょう。10代の男の子だったら、R25で熟女でしょう。20代だったら、R35くらいですか。だから、一概に年齢という枠で決めつけるのは大きな差が出てくるということですよ。

なので、ここは、社会的観点から判断します。

その観点から導き出される熟女とは、アラフォーです。アラサーはちょっともの足りません。

はい、結論でました。

熟女とは、アラフォー以上のことをいうのです。これでいいでしょう。

何だ、結局自分の年代じゃないか。