やきもちを焼くのはハングリー精神があるという意味でいいことだと思う。
でも、それに終始しているだけではやはりいけない。
あくまでボクの世界の話だけど、『やきもちを焼く』の反対は、誰かの『自分がやきもちを焼く部分』を他の人に『あいつのあぁいう部分いいよね』と素直に言えること。
こういう風に考えてるってことは、少なからずそう考える自分がいたということ。
ちょっとした残念なカミングアウトだ。
客観的にそれを見てみると、これほどちっさいことはないような気がする。
きっとボクは、認めたくないがかなりの確率で『ちっさい男』だったのだろう。
過去形にさせてもらう。
つまり、上記の2つの共存なんてありえない、と思っていた。
水と油のようなもの。
犬と猿のようなもの。
太陽と月のようなもの。日食現象は例外で今は無視だ。
でも、その考えは変わった。だから過去形。
やきもちはこれからも焼き続ける。どんどん焼くと思う。
それと同時に、『悔しいけど認める』ということもする。どんどんすると思う。
がんばって努力してするんじゃなく、自然にできるんだと思う。
いい変化だ。でも、ようやくか。
これからボクの世界では、水と油は分離することなく混ざり合う。新たな液体の誕生だ。となると、名称はどうしようか。面倒だ、水Ⅱとかでいい。油Ⅱでもいい。好きな方を選びたまえ。
これからのボクの世界では、犬と猿は仲がいい。常に手をつないでいる。肉球に最初は抵抗があることだろうがすぐ慣れることだろう。しばらく後には犬も木登りし、猿もワンと鳴く。
これからのボクの世界では、太陽と月は常に一緒に空に出ている。日食もきっと珍しい現象でなくなる。
よきかな。