2016.10.30
無事地区の行事が済んで(o_д_)ゴロン(_Д_o)ゴロン(o_д_)ゴロン(_Д_o)ゴロンしてる ぶらりです
今までめったに手伝いに出たことがない ぶらり、知人からは「雨降るわ!止めてくれる(笑)」って
失敬なwww ![]()
さてさて、続きと行きませう♪
前回、「バイクの停められる駐車場、どこかないですか?」と聞いたところ
あるのはあるが一か所は有料なので、そこを通り過ぎて お城の下に行きなさい!と言ってくれた おじさん
なんでも無料の駐車場があるという事で・・・おじさん、あんがと♪![]()
そのあと、この心洗われる風景を見る ぶらり
( -ω-)y─┛~~~~~ ええですなあ~
この川辺にはみ出た基礎支柱も、降りるための階段も 川との生活が親密だったことを表すものなのでしょうね
振り返ってみると見とれてる人 多かったですよ
無料の駐車場に移動していると、見ました
『オートバイ 250円』の文字
さらばじゃ~♪-=≡ヘ(* - -)ノ
例の所まで来ると おじさんが、おいでおいでしてくれます
おじさんが居てくれるので、防犯もバッチリ! (* ̄Oノ ̄*)
こここそが、郡上八幡城登口なのですね
なんとか来れたわ(笑)(● ̄  ̄●)ボォ----
徒歩でトボトボ上がって行きます
ここにも、近道が
遠くても緩やかな道か! 近くても急な道か!
みなさんなら どちら?![]()
途中このような案内看板が
城の中に入るには どうやらお金が要るらしい
ぶらり、駐車場のジャケットに財布入れたままにしてました( ゚ ▽ ゚ ;)
・・・外から見るだけに しませうo(TωT )
少し色づき始めた木々に癒しを 貰いながら静かな時間を
郡上八幡城を 初めて見た感想は カッチョイイじゃん♪
郡上八幡城
戦国時代末期、郡上一円は篠脇城を居城とする東氏(とうし)によって支配されていた。
その後、東氏は郡上八幡の町を流れる吉田川の対岸にある赤谷山に赤谷山城を構えたが、永禄2年(1559年)牛首山(後の八幡山)の上に砦を築いた遠藤盛数により滅ぼされた。
その時、赤谷山城を攻撃した時に砦を築いたのが郡上八幡城の起源であり、岐阜県郡上市八幡町柳町にある城
山間の町並みを望む場所に『南無妙法蓮華経』と書かれた石碑
意味深ですね
しかし、このお城
なんかいいですね♪
帰ってから写真見てたら、城ん中 やっぱり入るべきだったかな?ってちょっと後悔(;^_^A
まあ、次のチャンスってことで![]()
城下町を 見下ろすこの風景
お殿様の特等席と考えると、どこの城下町も見ても 絵になるよ
先ほどの風景にやられて、町も歩いて見ようと下へ移動
紅葉がちらほらと
青葉から紅葉へとバトンタッチするこの色合い
今年も秋はちょっとしか無いのでは?とも言われていましたが ここで秋への移り変わりを見ることが出来ました![]()
相棒Ninja1000の所に戻ると
横の公園らしきところに 『山内一豊と妻の像』が
横に看板があり
『NHK大河ドラマでも取り上げられた山内一豊夫人 千代はドラマの中では原作に従って近江の出身と描かれていましたが、郡上には「初代八幡城主 遠藤盛数の娘が山内対馬守室(一豊の妻)」とする系図が各所に残されてきました。近年には郡上説を裏付ける高知県からの家系図、陣立図などの史料も発見されている・・・』と
大河ドラマで有名になってたらしいが、初めて知ったよ
すまんw A=´、`=)ゞ ← 興味ない事には全くの無知でございます(笑)
さてさて財布を持って、町中に繰り出しに行きましょうかね♪
「モネの池」から「郡上八幡城&城下町」へ
何が待っているか、楽しみ楽しみ~♪ ( ̄ー☆
【 つづく 】



















