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山元ICから常盤自動車道を走って石巻市を 目指します。
時間の都合上、松島はスルーして石巻港ICでおり国道45号線 → 国道398号線 → 県道240号を走っていると

(1の地点)
『がんばろう!石巻』 の文字が。
お盆と言う事もあって次々と人が訪れて手を合わせていく

(2の地点)
東日本大震災で津波と火災に襲われた宮城県石巻市立門脇(かどのわき)小学校の校舎。
あるブロガーさんの記事で知った。
またこのツーを計画するにあたってネットで調べていると『近くの市立高校が体育の授業で使うため、被災した同高生徒の心情に配慮し灰色のシートで覆われた』とあった。

振り返るとやはり、何もない。

そして、校舎のまわりには被災された方々の墓が並ぶ。

門脇(かどのわき)小学校。
屋上に設けられた『すこやかに』の文字を見ているとやるせないものが・・・。

しかし、これが現状なのだ。

(3の地点)
こちらはネットで調べた時、取り壊しが決定して解体工事をしていた石巻市立病院跡地。
今は建物が無い代わりに、あたり一面に鼻をつくセメントの匂いがする。
まわりの土地の道の所々に大きな慰霊碑が置かれ花が供えられていた。

復興が進んでいない状態を ここでも知り目線を遠くへ移すと2012/8/30に生産設備を完全復旧した日本製紙㈱石巻工場が。
煙突からモクモクと煙が出ていた。
地元の人たちの働き先としても重要な位置づけであるだろうから移転せずにこの地で再稼動したことは嬉しいことだとは思うが、違う世界に見えてならない。
大企業ゆえの予算のかけ方、集中的な復旧作業によっての再稼動。

(震災直後の石巻市立門脇小学校の校舎。ググッて拝借しました。m(_ _;)m)
震災直後の状態から、この更地に近い状態を見れば並みならぬ関係者の努力の結果とも言えるだろうが、ここからもう一歩さらに一歩と進んでいって欲しい。
自分は何も出来ないまま、見てるだけ。
時折、手を合わせて・・・。
より大きな地図で 気仙沼市 を表示
ここから気仙沼へ向かい、移動します。

本来なら海岸線の下道を通りながら移動したいが、時間も限られているので高速道路を使用して。

三陸自動車道の登米東和ICでおり県道202号線 → 国道346号線 → 国道45号線へ。

(4の地点)
気仙沼市に入り海岸線にふと目を向けると、これも土嚢と言っていいのか分からないが積み上げられ堤防の役割をしているようだ。

(5の地点)
これも汚泥の一時保管場所なのだろうか?このようなところが沢山ある。


(6の地点)
道路から海岸まで造成地みたいに。
これだけの範囲に被害を及ぼした津波という天災は何なんだろうか?
これだけ文明が発展しても防ぎきれない。
頭では震災の傷跡とは分かっていても、現実とが繋がらない。

(7の地点)
ここにも『過去の津波浸水区域』の看板が!

(8の地点)
なにかの店舗なんだろうけど鉄骨のまま佇んでいる。

そういった中でも、頑張っている人たちがいる!
ただ、見ているだけで元気が沸いてくる!!
『ココサカエル』この時は、『ここにみんな帰ってくる!』と言う強い意思だと思っていたけど、今ブログを書きながら『ここ、栄える!』にも懸けているのじゃないかと。
やるな
:*:・( ̄∀ ̄)・:*: と嬉しくなった。みんなの方が強いw

(9の地点)
気仙沼港を横目に見ながら、相棒Ninja1000を走らせていると

(10の地点)
目の前に現れてきたものは!
取り壊しが決定した『第18共徳丸』だった.
【 つづく 】